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act.1誘惑クローバー<11>
* * * * * *
講堂に戻れば、案の定葵の帰りを待っていたのは見るからに怒り心頭な様子の櫻だった。京介の影に隠れようとしたものの、葵がふらついていたことに対しては櫻と同意見なのか、あっさり葵を置いて帰ってしまったのだ。逃げようがない。
「司会、誰かやっておいて」
まだ式典の途中だと言うのに、櫻は職務を放棄して葵を叱ることに専念するつもりらしい。声を掛けられた放送部員は一瞬葵に憐れむような目を向けてきたが、お辞儀をして立ち去ってしまう。
これで完全に舞台袖には葵と櫻の二人しか居なくなった。
「で、何やってたの?葵ちゃん」
「えっと……先生にプリント運ぶの手伝ってって言われて」
「それで?そんなのすぐ終わるよね?っていうか、手伝いなんてしなくていいのに、何で勝手に行動するの?」
いくら役員とはいえ、教師から頼まれたことを無視する理由にはならないと葵は思うのだが、櫻はそれすら気に入らないらしい。
何の変哲もないパイプ椅子に腰掛けているというのに、脚を組んで佇む彼の姿はまさしく一国の女王のように高圧的で美しい。
「おいで、葵ちゃん」
目の前に来るよう手招きをされれば、葵もおずおずと近づくしか選択肢はない。けれど葵が櫻の前に立ってもまだ手招きは止まない。
「ここ、わかってるでしょ?」
戸惑う葵に、櫻は自身の膝の上をぽんぽんと叩いて示してくる。座れと言いたいらしい。
「あの、それから、入学式に出てない子達が居て、コサージュ渡して……」
「もういい、その話。早く座りなさい」
誤魔化すように言い訳を再開させたのだが、やはり櫻には通じない。手を引かれれば観念するしかなかった。櫻の肩に手を置いて、向かい合うようにそっと腰を下ろせば、ようやく彼の顔に笑みが戻る。
「ん、いい子だね葵ちゃん。初めからそうやって言うこと聞けばいいのに」
そう言われても、完全なる二人きりの空間ならともかく、ここは入学式真っ最中の舞台袖。舞台上では生徒代表として出席する忍の姿見えるし、この場所にいつ誰が入ってくるかもわからない。
自分のやりたいことに忠実で他の目など一切気にしない櫻に付き合うには、葵は少々臆病なのだ。
「さっきしてくれなかったけど、今は?してくれる?」
「何を……ですか?」
「分かってるくせに。焦らすの?」
櫻がツンと葵の唇と突いてくる。さっき京介に奪われたばかりの唇はいつもよりも過敏で、触れられただけでぴくりと肩が跳ねてしまう。
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