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act.1誘惑クローバー<16>

* * * * * * 「あれ、葵くんは?」 後片付けが行われている中櫻だけは憮然とした表情で舞台袖の椅子から見動きを取らない。そんな彼に話しかけることが出来るのは同級生でも生徒会の役員ぐらいしかいないだろう。 奈央に問われた櫻は、視線だけで返事をする。 「何、また苛めたの?仕事サボる櫻よりも葵くんのほうがよっぽどこの場に居てほしいのに」 事情を察した奈央が少し咎めるような色を見せれば、櫻の顔はますます機嫌悪く歪められる。 「先にサボったのは葵ちゃんのほうなのに。良いよね、葵ちゃんに甘えられてる人は余裕があって」 「……子供っぽいこと言って。櫻も優しくしてあげればいいじゃん」 「やだ、泣いてるのが可愛いの」 「知らないよ、そんなの」 特殊な性癖は隠すものでもない。櫻が正直な嗜好を告げれば、葵より幾分かマシだがそれでも奥手な奈央には多少引かれた反応をされてしまう。 童話に出てくる王子のような見た目の奈央は、中身まで清廉だ。対する自分は意地悪な継母か、悪の女王というところだろうか。櫻はそう考えてより一層眉間の皺を深くする。 「でも好き」 「分かってるよ、櫻が葵くんのこと好きなのは」 櫻が学園内でまともに言葉を交わすのは会長である忍と、そしてこの奈央。それに葵ぐらいだ。葵と触れ合うようになって彼の周りにいる京介たちとも接する機会は増えたが、まだ自ら話しかけるほどの仲ではない。 そんな櫻だから、誰の目から見ても葵がとびきりお気に入りなのは分かりきっていた。でもその愛し方が常軌を逸していて、一番伝わらなければいけない葵本人に理解されているかが怪しい。 「ねぇ、そろそろ食べちゃいたいんだけど。どうしたらいいの?」 「それを僕に聞いてどうするの?言っとくけど、許さないからね」 姫を守る王子の如く、奈央ははっきりと櫻を叱ってくる。櫻だって頭ではお子様な葵に一方的に手を出すのは悪だと心得ているものの、どうにも感情のコントロールが効かない。 櫻のことは怖がるくせに、奈央にはべたべたと甘えてみせる姿を見せつけられると言いようのない黒いものが湧き上がってくる。好かれているという自信すら持てない。 「つまらない。生徒会に入れば葵ちゃんとエッチ出来ると思ったのに」 「そんな目的で入ったわけ?呆れた」 邪な動機を口にすれば奈央からは今度こそ嫌悪感丸出しの声が返ってくる。腕組みをして櫻に近づいてくるのはお説教開始の合図だ。 奈央の王子様らしいルックスには似合わない一面を唯一上げるとすれば、少々お節介で説教好きというところだろうか。 「……帰る」 櫻は長くなりそうな予感に、先手を打ってこの場を立ち去ることを選んだ。奈央が名を呼んでくるが、振り返ることはしなかった。

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