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act.1誘惑クローバー<18>
「みゃーちゃんおはよ。痛くない?」
「ねむい」
京介が叩いた箇所を丁寧に撫でてやりながら葵は都古を気遣ったが、都古は寝る位置を葵の膝上へと変更してまた眠り出そうとし始めた。
朝はいつもこうだ。寝起きがとびきり悪い都古と、しっかり者のようでのんびり屋な葵。この二人に一番苦労しているのは京介だろう。その見た目からは想像もつかないほどの世話焼き母さんと化している。
「ったく、馬鹿猫。お前の制服持ってきてやったんだからさっさと着替えろよ。葵も、早く仕度しろ」
「あれ?もうこんな時間になってる。いつのまに」
「いつのまに、じゃねぇよ。寝ぼけてんな」
時計を見ると、遅刻ぎりぎりの時間。さっき見たときは余裕だったのに、と首を傾げる葵を厳しく叱咤した京介はもう口だけでなくてきぱきと葵のパジャマを脱がせていく。
「クラス替え、やっぱり不安だね、京ちゃん」
「だからのんびりしてんなって言ってんだろ。おい、都古。お前はちゃんと自分で着ろよ」
制服のシャツのボタンが留められていくのをじっと見つめながら呟く葵と、まだベッドでごそごそと丸まる都古。両方を平等に仕度させるのはいくら慣れている京介でも難しい。
それに、世話焼きとはいえ基本甘いのは葵にだけだ。他の野郎の着替えなど手伝いたくもない京介は、さっき二人が寝ている間に一人都古との同室部屋に戻って取ってきてやった制服を投げつけて再度着替えるよう怒鳴り散らした。
「京ちゃん、朝から大きい声出すと血圧がぐんって上がっちゃうんだって。危ないよ?」
「うるせぇ、誰のせいだ」
やっと苦労して都古も目覚めさせて一安心した矢先に葵からこんなことを言われれば京介がふてくされたくなるのも無理はない。こんなことが毎日だから当然疲れる。
京介自身は遅刻なんて別にどうってことないのだが、規則事はきちんと守りたがるくせに呑気な幼馴染と、クールな見た目を裏切って小学校レベルの算数にも頭を悩ますほどのおバカなうえ、葵に盲目的な友人を放ってはおけないのだ。
京介にとって朝が、そんな自分を一番恨めしくなる瞬間だろう。
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