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act.1誘惑クローバー<30>
* * * * * *
「櫻先輩……あの、どこへ?」
忍がスピーチをするために壇上に出て行った直後、櫻は葵の手を引いて舞台袖から舞台裏の廊下へと連れ出した。その突然の行動に葵はただただ困惑している様子である。
忍がスピーチを終えるまで脇で控え、終わったら水分補給のためにミネラルウォーターを渡してあげようとしたのだろう。葵の手にはペットボトルが一つ握られている。葵は目的を問うてくるが、櫻はそれに答えるつもりはなかった。
こんな櫻の行動をもし見ていたなら間違いなく止めに入ったであろう奈央は、生憎予算調整を直談判しにきたサッカー部の部長に呼ばれ、不在。そして忍も舞台上にいる。
その他手伝いの一般生徒は櫻の行動に口出しできるような度胸を持っていない。よって櫻にとって邪魔者は皆無だった。
控え室が両脇に並んで続くステージ裏の廊下を歩いて手ごろな部屋を探す櫻の表情はいたって上機嫌。これから何をされるかもわからず大人しくついてくる葵が可愛くて仕方ない。
「ここでいっか。ね、葵ちゃん」
外へと抜けるドアに近い控え室の一つに決めた櫻は、そう形だけ葵に同意を求めたが葵は曖昧に頷いただけだった。
櫻が電気をつけると、暗かった室内がじんわりと青白い蛍光灯の光で満たされ始めた。豪奢な講堂とはうってかわって、生徒用の控え室はいたってシンプルな造りをしている。白い壁面に、ステンレス製の4人がけテーブルと椅子しかない。
「続き、しようか」
「……続き?何の、ですか?」
「昨日の。それから、朝のもね」
扉を閉めるなり持ちかけた誘いはやはり葵には全くピンと来なかったらしい。もう少し詳しく説明してやれば、ようやく葵の表情に焦りが浮かび始めた。
ここまで大人しくついてきておいて、こんな展開をちっとも予想していなかったのかと、櫻は呆れたくもなる。
「おいで」
先に椅子に座って手招けば、葵はいやいやと首を振って後ずさりをし始める。でもあからさまに逃げ出したりはしない。そこが付け込みやすい要素なのだが、本人は自覚していないようだ。
「葵ちゃんは仕事も出来なければ、その罰もちゃんと受けられないの?恥ずかしいって言うから、こうして誰も居ない場所選んであげたのに」
責め立てれば葵の足が少しずつ櫻の元へと寄ってくる。
「早くおいで。優しくしてあげるから」
ダメ押しの言葉を並べれば、ようやく葵が櫻の目の前まで戻ってきた。抱えていた忍のためのペットボトルを机に置かせ正面から見つめれば、葵の瞳が戸惑うように逸らされた。
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