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act.1誘惑クローバー<31>
「ねぇ、僕がなんで怒ってるか分かってる?」
「お仕事…ちゃんと、出来ないから」
細い腕を引けば、ひ弱な体はすんなりと櫻の膝の上に乗ってきた。バランスを保つように手が伸ばされるが、櫻ではなく椅子の背もたれを掴んでいる。些細な行動一つとっても、葵が自分を怯えている証拠に思えて抑えていた櫻の苛立ちが大きく膨らんでいく。
「腰下ろして。ちゃんとこっち見てよ」
命じればようやく葵が櫻に体重を預け、正面から抱き合う体勢になる。だが、視線はなかなか絡んではくれない。照れよりも、これから行われる罰への怯えのほうが強いらしい。
どこでやり方を間違えたのだろう。本当は櫻だって奈央のように葵自ら甘えられたいのだが、どうしても上手くいかない。
「いい?これからするのは、葵ちゃんが悪い子だからするんだよ。拒否も抵抗もしちゃだめ。分かった?」
「はい……って、え?あの」
おずおずと頷く葵を抱き上げると、櫻はその体をテーブルの上へと移動させる。いつもならこのままキスになだれ込むのだが、今日は違う。妖しい雰囲気を察した葵が身を捩るが、そんな抵抗など簡単に封じ込め、そのままテーブルに押し付けるように寝かしつけた。
「あの、昨日と、今日のことは……ほんとに、ごめんなさい」
でこピンをされるのかと勘違いしたのだろう。葵が両手でしっかりと額を抑えながら許しを請い始める姿は、櫻の加虐心をそそるだけ。まだ何もしていないというのに、蜂蜜色の瞳に涙が滲んでくるのを見ると口元が緩むのを止められない。
櫻は思わずクスリと笑って額を覆う手を退けるために己の手を上に重ねた。
「抵抗するな、って言わなかった?二度同じこと言うの嫌いなんだけど」
自分の華奢な手よりも更に小さく柔らかい葵の手にぐっと力を込めて低めの声音でそう言ってみせると、葵はびくりと体を震わせて怯えたように櫻を見上げた。
「ん、いい子だね。その調子で大人しくしてるんだよ、これはお仕置きなんだから」
櫻のきつい視線に促されるように手をゆっくりと額からどけた葵に、櫻は満足げな表情を浮かべた。そして額にかかる色素の薄い髪を払いのけると露になった額に手始めに口付ける。
「んっ……くすぐったっ」
櫻が舌を徐々に目元や鼻先、柔らかい頬に下ろしていくと葵の口からそんな呟きが漏れた。
事あるごとにしている葵への悪戯で、葵がずいぶんと刺激に弱いことを櫻は知っている。まだ今はその刺激をくすぐったいもの、と認知している葵だが、いつか開発を重ねてどこもかしこも感じすぎてたまらない体に仕立て上げてしまいたい。
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