44 / 1393

act.1誘惑クローバー<44>

「アオは?」 「烏山くん、落ち着いて」 殺気のこもった目を向け、葵の所在を求める都古を奈央は必死に間に入って落ち着かせようとする。 「烏山くん。葵くんなら、今は……」 「いいよ、奈央。猫ちゃんとちょっと話するから戻ってて」 葵のことが心配なのだったら事実を伝えてとりあえず落ち着かせたほうがいい。そう思って口を開いた奈央を止めたのは、都古に胸倉をつかまれたままの櫻だった。 奈央に余計なことを喋られたらややこしくなるから、追っ払ったのだ。なにせ、奈央が事実と認識していることは櫻が適当についた嘘であるからだ。 部費予算に異議を訴えてきた部活との話し合いを終えた奈央が戻ったのは役員紹介がはじまるぎりぎり前のこと。 不在の櫻と葵が気になりつつも、妙に急いでいる忍に急かされて探してやる余裕もなく、そのまま出席する羽目になった奈央。今度は忍までそそくさと消え、次に櫻だけ帰ってきた。これでは櫻が奈央に疑われ、問い詰められるのも無理はない。 だから櫻は奈央を誤魔化すために適当な嘘をついたのだ。 忍のスピーチ中に具合の悪くなった葵を控え室で看病し、探しにきた忍とバトンタッチした、と。 当然最初は奈央から思い切り疑われたが、元々体の弱い葵が脈絡もなく具合が悪くなることはそう珍しいことではなかったし、葵をいつもいじめたがる櫻が一人で帰ってきたことが奈央を最終的に信じ込ませることになった。 「じゃあ……」 そう言って、都古と櫻を二人きりにすることをためらいながらも奈央が奥に下がったことを見届けてから、櫻が先に口を開いた。 「まず手、離せ。それじゃ話すものも話せない」 都古はその申し出に眉をひそめたが、渋々手を引っ込めた。 「で、葵ちゃんのことだっけ?」 「アオ、どこ?」 櫻は都古がどんなにきつい目をして問いかけても動じる様子はなく、それどころか面白そうに顔を歪めるばかりだ。そんな態度がますます都古を煽って腹立たしくさせる。 「早く、言え」 「ほんと、先輩に対する態度と口の聞き方がなってないよね。葵ちゃんに教育しなおしてもらったら?」 くすっと笑う櫻の綺麗さに、普通の生徒なら卒倒して当初の目的なんか忘れてしまってもおかしくない。が、都古の頭は葵でいっぱい。葵以外のものに惑わされるなんてことはない。

ともだちにシェアしよう!