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act.1誘惑クローバー<45>

「葵ちゃんね、知らないよ」 「嘘だ……アオの、匂い」 「するの?さすが猫ちゃんだね。飼い主の匂いわかるんだ。えらいね?」 小馬鹿にするような言い方を重ねる櫻にとうとう都古は我慢できずに、また襟元をつかんできつく締め上げ始めた。 自分は葵とのペットと飼い主という関係に満たされているし、幸せでもある。だがその関係の深さをこれっぽっちも知らない人間にとやかく言われることは大嫌いなのだ。 それに今、この瞬間も葵がどこかで泣いていたらと思うと早く見つけて抱きしめてやりたくてたまらない。 「離せ、って」 だが、櫻も華奢に見えて一人の男。鋭く都古を睨みあげると自分を圧迫してくる手に形のいい爪を深く立てながら、引っ剥がした。 「今どこにいるかは知らない。本当だよ。嘘は言ってない」 剥がされた都古の手の甲に血がじんわりと滲んで来るのを見ながら櫻はそう改めて答えた。依然として目つきは鋭い。 「一緒にいる人は知ってる。猫ちゃんも予想はついてるでしょ」 いつも黒い笑みを浮かべている櫻が、表情から微笑みをとると更に迫力が増した。櫻もまた、都古と同じく自分で制御できないほど不機嫌だった。 忍があの後もし傷付いた葵の心の隙をつき、切れる頭を活用して葵をうまいこと転がし、結ばれてしまったら。自分はなんて馬鹿なんだろう。 櫻はそんなことばかり考え続けて苛々としていたのだ。そして都古の登場でその苛々に拍車がかかる。 葵にいつでもべったりと甘え、可愛がられる存在の都古。櫻からしたらちっとも可愛くなんてない。普段から葵からよく都古のことを聞き、むかついてはいたが、こんな風に自分を恐れずに葵を探しにくる都古そのものとしっかり対面して更にむかつきは増した。これも奈央に対してもった嫉妬のようなものだろう。 「また、来る。お前、締めに」 「はいはい、じゃあまたね」 櫻の言葉を信じたのか、それともここにはもう用はないと踏んだのか。都古は物騒な言葉を残してあっさりと櫻から身を引き、また来たときと同じく走って去っていった。 その背を見送りながら、櫻はまた苛々と自分の物思いにふけりだした。 葵のヒーローにはなれない。完璧なヒール、悪役である。それでもいいから葵が欲しい。けれど、思い切り優しくしてやれたらとも思う気持ちはある。 だが実際葵にとる態度は意地悪ばかり。歪んだ愛情表現しかできない自分に腹が立つが、結局それが自分なのだ。仕方がない。 「でも。嫌いに、ならないで」 やはり心配でそっと奥から様子を伺っていた奈央はそんな櫻の小さな呟きだけ聞こえてしまった。 「……櫻」 そして奈央もまた、葵を取り囲む不器用な人たちを思ってため息をついた。

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