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act.1誘惑クローバー<56>

「葵、一応男、だよな?そして高校二年なんだよな?」 男同士の性行為は防御のためにも知識くらいはあってほしかったが、まぁ知らなくても良しとしよう。だが、高校生男子としては自慰行為のことぐらいわかっていたほしい。 「もう、なんなんですか?」 だが少し拗ねたように頬を膨らますお子様に、改めて今自慰行為のことなんて教える気にはなれない。 いくら体は小さいといってももう精通くらいは迎えているだろう。と、忍は考え始めた。 確かに葵が自慰をしているところを想像はできない。でも今まで何もしてこなかったということもないだろう。となると、誰かが葵の世話をしてやっている可能性しか残らない。 「会長さん、変な顔してますよ?」 悶々と悩み出した忍が面白かったのか、まさか自分の体の生理現象について考えられているなんて思いもしない葵は微笑んだ。その言葉に我に返った忍も、なにはともあれ、葵の笑顔が見れてホッと胸を撫で下ろした。 だから約束どおり、葵を迎えに来るよう、京介に連絡を入れた。それを待っている間、忍が出してやったチョコレートを頬張っていた葵はもうすっかり元気になってくれたように見えた。 すぐに忍の部屋のインターホンは本日二度目の来客を告げるために鳴り響いた。忍が葵をリビングに残しドアを開けにいくなり、京介はろくな挨拶もなくすぐに部屋に押し入ってきた。忍に預けたとはいえ、やはり心配でたまらなかったのだろう。 「葵!」 京介はすぐにリビングのソファに座りチョコレートの包み紙を開けていた最中の葵の姿を見つけた。そして葵も迎えに来てくれた京介の存在に気付く。 「……京ちゃん?」 驚いたように、だけれどしっかりと京介に向かって伸ばされた両手に答えるべく、京介はすぐに葵を抱き上げてやった。いつも軽くて小さいと思う葵の体だが、今は一段とちんまりとしてしまったように思える。 「京ちゃん、京ちゃん」 きっと葵が抱きかかえられるなり懸命に京介の肩に顔をうずめてそんな甘えた声を出しているからだろう。 「会長、ありがとうございました。失礼します」 帰りも京介は忍にしっかりと挨拶をしなかった。肩にじわっと濡れた感触が広がりだしたからだ。葵が泣き出してしまったということくらい、見なくても分かる。 「じゃあな……葵」 目にも留まらぬ速さでドアを飛び出していった京介と、抱きかかえられた葵を見て忍はそっと呟いた。 顔はあげなかったものの、京介の首に回された葵の小さな手がばいばいと忍に向けて振られたことに答えるためだ。 そんな様子を見るとやはりまだまだ泣き足りなかったのだろう、ことは伝わって来る。もう大丈夫だ、なんて甘いことを考えていた自分に腹が立つ。 「まだまだ西名には敵わない、か」 永遠の別れでもないのに、葵のばいばいが寂しくて、忍はひどく苦しい気持ちになりながら、もう誰も居ない廊下をずっと眺めていた。

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