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act.1誘惑クローバー<62>
「全くもう、葵ちゃんは可愛いんだから」
ラブラブな恋人がいる七瀬ですら葵は特別な存在。助け舟は出さないが、代わりにぎゅっと自分より少し大きいだけの体を抱きしめて存分に可愛がり出す。
それを見たご主人さま命の馬鹿猫も負けじと葵を抱きしめ、双子も参加しだしたおかげで教室のドアに異様な塊がひとつ、出来上がってしまった。
「んー待って、くるしいっ」
中心にいる小さな葵からはそんな悲鳴じみた苦情が発せられるが、それさえも皆にとっては可愛い。ますます拘束が激しくなるだけだ。
だが息苦しさに必死になる頭でどうしようと焦る葵の耳に、聞き慣れたハスキーボイスが届いてくれた。
「お前ら、なにやってんだよ」
塊に心底呆れ返ったような声をかけたのは京介だった。高校生のくせにもう立派な喫煙者の仲間入りをしている彼の声は普段から少し掠れ気味で低い。
「七、藤沢が困ってるだろ」
そして塊の発端となった七瀬をたしなめるこんな落ち着いた声は綾瀬のもの。
「たすけて」
葵はこの状況を救ってくれそうな二つの声を聞いて、懸命に隙間からその方向に向けて手を伸ばしてみる。すると、すぐに気付いてくれた京介の大きな手がぐいと腕を引っ張って塊から一気に脱出させてくれた。
「息できなくなっちゃうかと思った」
「ったく、馬鹿」
勢いでそのまま葵を抱き上げて名残惜しそうな野郎共の手が届かないようにした京介だが、そんな甘い行動とは裏腹にかける言葉は相変わらず乱暴だ。
「で、何の騒ぎだよ」
「葵ちゃんが可愛いからみんなで愛でてたの」
京介の問いに一番に答えたのは、あっという間に綾瀬の腕にくるまりだした七瀬だったがそれだけでは生憎さっぱり状況が分からない。でも嘘ではないのだろう。愛でてたという証拠に、葵の制服はよれよれになっているし、指通りのいい髪はぐしゃぐしゃにされている。
「……つか、お前ら何?」
「これから毎日お昼ご一緒させていただきたく思ってます、一年の絹川聖と」
「絹川爽です。よろしくお願いします」
「認めて、ない。来んな」
そして見慣れない瓜二つの顔に京介が続けて問うと、胡散臭そうな笑顔と共に思いがけない申し出もされてしまう。でもすぐさま拒絶を口にする都古に、なんとなくだがこの騒ぎの原因が読めてきた。
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