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act.1誘惑クローバー<65>
「へぇ、葵先輩は書記をされてるんですね」
「字、綺麗そうっすもんね」
注文した料理を運んで早速食事を始めた一行の雰囲気は、周囲の嫉妬とは裏腹にあまり良いとは言えないものだ。
葵が自分のことをもっとよく知ってもらおうと話してくれる情報を、本当はもう調査済みで知っているにも関わらずいちいち驚いて素直な反応を見せてやる聖と爽の機嫌は最高潮にいい。
問題はまだ一緒に食事をすることに不満のある都古だ。
「うーん、そんなに綺麗ってほどじゃないと思う。ちょっと癖があるって言われるし」
「アオ、これ食べる?」
「あ、うん。じゃあ一口もらおうかな」
双子と楽しそうに会話をしているのを少しでも邪魔したくて、都古はこうして懸命に口を挟んでは葵の興味を獲得しようとしている。
今回の作戦は、わざわざ頼んだ葵の大好きなパスタを食べさせてしまおうというもの。葵が答える前からもう既にフォークに一口分からませている。
「あーん、して?アオ」
「あー……」
「あ、烏山先輩、虫が」
でも双子だってそんな作戦に負けやしない。
聖が葵の口元まで運ばれている都古のフォークをそう言って叩き落すと、その間に爽が口を開けて待っている葵に自分のチャーハンを一口放り込んでやった。双子ならではの見事な連携プレーだ。
そんな双子に、さっきから都古は少し押され気味。二対一となると、どうにも都古の分が悪いのだ。おかげで都古の不満はどんどん募っていってしまう。
でも苛ついているのは何も都古だけではない。この場にいるもう一人、京介もただでさえ悪い目つきを一層険しくさせて騒がしい3人を睨みつけていた。
「あー面倒くせぇ。葵、帰るぞ」
葵相手には十年も片思いを続けるくらい気長な京介も、他のことに関しては短気の部類に入るだろう。そして面倒事は避けたがる性質。
ぎゃーぎゃー騒ぐ都古、双子とこれ以上同じ空間にいたくもないのか、勢いよく立ちあがると、中心にいる葵を半ばひったくるように抱き上げてしまう。
「「じゃあ明日も迎えに行きますね」」
押しは強いが引きどころもきちんとわきまえている様子の双子。急な京介の行動に驚いて目を瞬かせる葵ににっこりと微笑んでそう告げるところをみると、新参者とはいえ少し手強いかもしれない、そう京介にも都古にも思わせた。
「あ、うん、またね」
「絶対、来んな」
無言で食堂の出口へと向かってしまった京介に担がれたままの葵と、それを急いで追いかける都古が双子へ言葉を発したのはほぼ同時だった。
「「またね、葵先輩」」
葵にだけ先の笑顔よりもさらに柔らかい表情、そして声音で手を振る双子に、完全なる無視を食らった都古はただ悔しそうに唇を噛んで踵を返した。
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