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act.1誘惑クローバー<67>
* * * * * *
「あー……どきどきする」
生徒会室の大きな扉の前で、誰に告げるともなく独り言を零した。
薄い胸が忙しなく上下しているのは、教室からこの生徒会棟まで走ってきたからだけではない。この分厚い扉の向こうに櫻が居ると思うと、不安で心臓が痛いほどの鼓動を繰り返すのだ。
葵は、櫻との様々な会話パターンの想定を頭の中で繰り広げた。どうしても暗いほうに考えが行きがちな自分を慰めるように甘い期待も思い浮かべてみるが、それはすぐに泡が弾けるように急速に消えてしまう。
「やっぱり帰ろうかな……でも、そしたら」
葵がなかなか扉に手をかけられないで悶々と悩み続けて、数分が経過した頃だろうか。
「……葵くん?」
背後から、かなり驚いたような声をかけられた。振り返ると、そこに居たのは両手に資料を抱えた奈央だった。いつも穏やかな笑みをたたえている奈央の顔は、今は声音と同じように目の前に葵が居ることが信じられないといった表情を浮かべている。
忍から櫻の行動を聞かされていた奈央は、葵自身も生徒会には来たがらないだろうし、何より周りの保護者たちがそれを許さないだろうと覚悟していた。少し時間をおいてから、自分が説得を試みようとも考えていたくらいだ。
だから、葵が一人生徒会室で立ち尽くす姿を見て驚かないわけがなかった。
「あの……櫻先輩ってもう、いらっしゃってますよね?」
葵は少しためらった素振りを見せた後、奈央にまずそう尋ねた。
「うん、来てるよ。これから会議始めるところ」
会議に必要なものを取りに行ったと示すように、手に持った資料を軽く掲げながら、奈央は極力平静を装って返事をかえした。葵が普段通りに努めようとしているのなら、何も知らないふりをしてやったほうがいいと感じたからだ。
だが、すぐに奈央の気遣いは崩されてしまう。
「最近、ちゃんとお仕事、できなくて……それで、昨日、櫻先輩に怒られちゃって」
奈央が触れまいとしたことを、葵自らぽつぽつと語り出したのだ。それならそれでいい。慰めてやる時が、今になっただけのこと。奈央はどう葵を元気づけてやれるか思案しながら、次の言葉を待った。
「でも、その……こわくて……お仕置き、って言われたのに、それもちゃんと、できなくて」
言いにくいことなのはよく分かっているから、葵が言葉に詰まって俯いてしまっても奈央は辛抱強く待った。しかし、それはまたしても思いがけない言葉で裏切られる。
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