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act.1誘惑クローバー<69>
生徒会室のある特別棟を出て寮に向かうには中庭を突っ切るのが一番近道だ。
だから葵はいつものように中庭に足を踏み入れた。しかし、いくつも設けられたベンチの一つに、見慣れた金髪を見つけて足を止める。
「……上野先輩」
全然生徒会に顔を出してくれない幸樹のことは苦手ではないけれど、どう接していいか分からない部分がある。
でも”幸樹を見かけたら一週間幸せになれる”なんて噂を葵は聞いたことがあった。あまりに学校へやってこない彼をおちょくった噂なのは分かっているが、気分が沈んだこんな時に幸樹に会えるなんて……。
「ほんとに、いいことあるのかな」
そんな噂さえ今は信じたい気分だ。
「……ん?」
それほど大きな声を出したつもりはなかったけれど、元々眠りが浅かったのだろう。閉じられていた幸樹の目が開き、葵のほうへと視線が向けられた。
「あ、あの……起こして、ごめんなさい」
「藤沢ちゃん?どったの?いじめられた?襲われた?お兄さんに言ってごらん?」
悪いことをした、と謝る葵に幸樹はなぜか必死な形相をしている。
どうしてだろう。そう思ってふと顔に手をやれば、濡れた感触がする。葵はようやく自分が涙を溢れさせていることに気がついた。
「よしよし、こっちおいで。お兄さんが話聞いたるから」
泣いている、そう自覚したらなんだかもっともっと涙がこぼれて止まらない。葵よりもずっと背の高い幸樹に手を引かれるまま、ベンチに腰を下ろした。
温かくて大きな手に頭を撫でてもらうと、余計にさびしくなってしまう。
「うえの…せんぱい……幸せに、してください」
だからおかしなことを言っているなんて、この時はちっとも思わずに幸樹にそんなお願いをしてしまった。それでも幸樹は笑い飛ばすなんてことはせずに、慰めてくれた。
「なに、月島と喧嘩したん!?」
葵をなだめながら、なんとか事情を聞きだした幸樹は、その内容に驚いて思わず声を荒げてしまった。
「あ、すまん。びっくりさせちゃったな」
大きな声を出されて体をびくつかせた葵をすぐになだめるが、幸樹は”びっくりしたのはこっちだ”なんて思ってしまう。
葵の話は聞き取りづらかったが、櫻に嫌われてしまったことが悲しくて泣いているのは分かる。しかし葵が櫻のお気に入りの存在なのは周知のこと。愛されているなんて気付いていないのは本人だけである。
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