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act.1誘惑クローバー<70>
「月島が藤沢ちゃんのこと嫌いになるわけないやん。勘違いちゃうの?」
幸樹が少しボケたところのある葵にそんな可能性を示してみる。
「でも、ぜんぜん……見て、くれなくて」
涙ながらに訴えてくる葵が嘘をついているとも思えない。幸樹はしばし葵を納得させられるようないい理由を考えてみた。が、結局浮かんできたものと言えば……。
「そりゃ、ほら、藤沢ちゃんはフェロモンがプンプンしとるから。きっと藤沢ちゃん見るとムラムラしちゃうんやって。男はオオカミさんやからしゃあないことやねん」
くだらないことだが、幸樹は自分で一理あると思った。まず幸樹がそうなのだ。今だって葵が目をうるうるさせて見つめてくるからたまらない。
「……オオカミさんって?」
しかもこれである。幸樹の言葉が葵には全く理解出来なかったらしい。きょとんとした顔で首を傾げてきた。
「京介の言う通り、ほんまにかわええな。お兄さんが開発したくなったげちゃうわ。ま、それはまた今度教えたるからな?」
こう言った冗談すら葵には通じないようだ。素直に頷く葵に、幸樹は我慢できずに吹き出してしまった。
「もうほんまにこの子は……。まぁとにかく藤沢ちゃんは自信もったほうがええって。お兄さんが藤沢ちゃんがええ子やって保証したるから、な?」
これ以上純粋な子をからかうのはやめて、幸樹はきちんと葵を励ましにかかった。しかし泣きやんでくれたはずの葵は、また俯いてしまう。
「わるい子、です。だから……きらわれ、ちゃった」
「もーいつまでもそんなこと言うてたらあかん。みんなに愛されてるん自覚せな。月島とも仲直りしたいんやったら藤沢ちゃんから行けばええやん。勇気出して、な?」
幸樹は葵の顔を覗きこむようにして言い聞かせてみるが、まだ足りないようだ。
「んー、藤沢ちゃんは月島のこと好きちゃうの?」
「……好き、です。大好きです」
「そんなら月島に伝えたらええ。月島も藤沢ちゃんに”ごめん”って言いだせないだけかもしれないやん?」
幸樹は櫻の性格を知っている。あれはどうにも”ごめん”なんて素直に謝れるような奴ではないし、好きならば好きなだけ苛めたくなるタイプだ。相手の言葉を素直に受け取ってしまう葵と分かり合うのは難しいはず。
「ほら、もしダメやったら、そん時はお兄さんも、京介たちだって藤沢ちゃんにはおるやん?いっぱい慰めたるから。だから一回がんばってみ?」
素直じゃない櫻と、素直すぎる葵。二人のために幸樹は慣れない説得を続けた。
そのおかげか、葵はしばらく考え込んで、そして首を縦に振ってくれた。
「ありがと、ございます!がんばります!」
「よし、それでこそお兄さんが大好きなかわええ藤沢ちゃんや!」
幸樹が褒めるように髪をぐしゃぐしゃに撫でてやれば、葵はやっとはにかんだ笑顔を見せてくれた。
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