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act.1誘惑クローバー<71>

* * * * * * 「……ふぅ」 生徒会フロア、櫻の部屋の前で葵は深呼吸をひとつして心を落ち着かせた。 幸樹に言われて気がついた。 櫻にもし嫌われてしまっても、自分が櫻を好きな気持ちは変わらない。頑張って、櫻にも自分を好きになってもらえる努力をしなくてはいけない。そんな簡単で大事なことを忘れていた。 学校で話をする相手の数は片手でも足りるほどだった中学までの自分。 髪の色も、目の色も、人とは違っていて気持ち悪いと思っている。いつも誰かに後ろ指をさされているような気がして怖かった。 よく言葉に詰まってしまうから喋ることも嫌いだった。 だけど、少しだけ勇気を出してみたら、驚くほど毎日が変わっていったのだ。 まだまだ自分の容姿にコンプレックスがあるし、お喋り以外にも苦手なことはたくさんある。でも、何もせずに怯える自分とは中学を卒業するとともにさよならをしたはずだ。 ――がんばろう。 震える指で葵は運命のインターホンを押した。 「はーい」 櫻の声がドア越しに聞こえる。ここはカードキーがなければやってこれない生徒会フロア。やってこれる人間など限られているから、忍か奈央だと思ったのだろう、すぐに部屋のドアは開いた。 「……え、葵ちゃん?どうして」 思っていた人物と違ったようで目を見開く櫻に、葵はもう一度深呼吸をして自分の思いをぶつけた。 「櫻先輩!先輩のこと、大好きです。ほんとに、ほんとに大好きです!これからはちゃんと良い子になります。だから、だから……」 静まり返ったフロアの廊下には葵の声が存分に響いた。当然目の前の櫻に聞こえていないはずがない。 でも葵は何度言っても足りなかった。 「好きです、だいすき、です」 こんな自分と仲良くしてくれる大切な人を失いたくはない。その気持ちが爆発してしまうと、止まりそうもない。 「ちょっと、どうしちゃったの葵ちゃん」 櫻が焦っている声が聞こえるが、表情までは見えない。また涙が溢れて視界がぐしゃぐしゃに歪んでしまっているからだ。 「きらいに、ならないで」 しまいには櫻に抱きついて情けなく懇願してしまった。けれど葵にとって嬉しかったのは、そんな無我夢中の行動を櫻が受け止めてくれたこと。拒絶せずにしっかりと抱きしめ返してくれたのだ。 「……葵ちゃんこそ、僕のこと嫌いにならなかったの?」 「ど、してですか?」 「だって、あんなひどいこと……」 言葉を濁す櫻に、葵は首を横に振ってめいっぱい否定した。 櫻がしたことは確かに怖かったが、仕事の出来ない自分を叱っただけだと思っている。その罰すらきちんと受けられなかったことで櫻に見放されてしまうことのほうが、葵にとってはよっぽど怖かった。 「好きだよ、葵ちゃん。嫌いな子にお仕置きなんてしてあげないよ」 だから櫻のこんな言葉がひどく嬉しい。泣き腫らした目を労わるように落とされる軽いキスも、温かで幸せだった。 「あーまた泣く。ほんとにしょうがないね、葵ちゃんは」 今度の涙は嬉しいからだったけれど。 葵は櫻が何度も目元へキスを落としてくれるから、当分は泣きやめそうになかった。

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