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act.1誘惑クローバー<75>
「半分、食べたら…いい?」
観念したように口を開いて一口分飲み込みきった葵は、少し苦しげに眉を潜めながら京介に許可を求めた。
「いいよ。残ったやつは俺が食うから。もうちょっと頑張れ」
「……うん、分かった」
「結局西名先輩が一番美味しいどこ取りな気がするんだけど。どう思う?爽」
「俺も同じく。なんかずるいんだよなぁいつも」
一生懸命食事を進める葵と、それを他の誰にも向けない位優しい目つきで見守る京介を交互に見やりながら呆れたような、悔しげな声を漏らすのは聖と爽。
一番の新参者である二人は、葵に”後輩”として可愛がってもらっている自覚はあるが、友人と宣言する綾瀬、七瀬のカップルはさておき、京介や都古と葵の関係にはまだまだ及ばないことを毎日思い知らされる。
とはいえ、こんな自分たちの昼食風景を羨ましそうに遠巻きから眺めているその他大勢の一般生徒よりは、断然に葵と近い距離にいるのも確か。
「ねぇ葵先輩。歓迎会って二泊三日あるじゃないですか」
「夜俺達の部屋泊まりに来ません?」
それならば、早く葵ともう一段階仲良くなろう。そう前向きに思い直した双子は息の合った調子で、未だ食事に苦戦する葵に誘いをかけた。
「は?何、言ってんの。アオは、俺と寝る」
「烏山先輩はいつもじゃないですか。一日でも譲れないくらい余裕ないんですか?」
「”新入生”を”歓迎”する会っすよ?後輩に優しくしないとバチ当たりますよ」
「ふざけんな」
葵が双子に答えるのを遮ったのは不機嫌そうに短い眉を吊り上げた都古だった。負けじと更に挑発してみせる双子は、ただ葵を賭けての争いをしたいわけではなく、都古との言い争い自体を楽しんでいる風だったが都古は違う。
いつもは仲裁にはいる葵が、昼休みがもうすぐ終わることに焦りを感じ、頬張ったパスタを飲み込むことに必死なのを良い事に、抵抗させる間もなく、葵を抱え上げてテーブルから離れようとする。まるで一秒でも長く双子の視界に葵を映しておきたくないと言わんばかりに。
「おい、都古。まだ食事中だ」
「戦線離脱なんて卑怯ですよ」
「逃げるなら一人で逃げるべきです」
双子からだけではなく、京介からも咎めるように声を掛けられるが、都古は葵の身体をしっかりと抱えながら、あっという間に食堂の出口へと向かってしまった。
ただでさえ目立つ葵が、同じく目立つ都古に抱えられているなんて異様な状況に、教室へ戻ろうとする生徒たちでごった返す食堂の通路も、彼らが通るときだけはサッと道が開いていく。
「都古くん、どんどんエスカレートしてってるねぇ。どうすんの京介っち」
「どうするって、どうしようもねぇだろあの馬鹿猫は」
「でもあれじゃ藤沢の交友関係が広がらないよ」
あまりにも早い都古の退場に、追いかけることも出来ずに席に残った京介達は呆れ半分で、過度になる都古の独占欲に苦言を呈す。
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