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act.1誘惑クローバー<77>
* * * * * *
葵を抱えて食堂を出た都古は、二年の教室へは向かわず、昼休みは人気がなくなる特別教室が連なるスペースへと足を進めた。
「みゃーちゃん?どこ行くの…?」
食事中に急に担がれてこんな場所へ連れて来られれば、葵が不安を感じるのも無理はない。都古は葵の手が遠慮がちに、でも訴えるように肩口を掴んで来たのに気づいてようやく足を止めた。
「どうしたの?なんでここ?」
「……アオ、気持ち悪く、ない?だいじょぶ?」
葵を連れてきたのは化学室。普段実験がある時にしか使わない場所は、都古の読み通り人影は全くない。葵を下ろしてやるなり意図を問われたが、都古はその問いを無視して逆に葵に投げかけた。
問われた葵はしばし意味が分からなかったのか、不思議そうに都古を見上げて来たが、都古の懸念に気づいて困ったように笑ってみせた。
「大丈夫だよ。……だから連れてきてくれたの?」
葵が尋ねると、都古は肯定の意の頷きを返した。綺麗に束ねられた黒髪もその拍子にふわりと揺れる。
都古は葵が時々食欲をなくすことも、そして無理して食事をして後々気分が悪くなって戻してしまうことも、よく知っている。だから、双子に腹が立ったことがきっかけではあったけれど、葵の体が震え始めたのに気づいて都古はここまで葵を連れ出してきたのだった。
人気のない場所で、実験用の流しも完備されているこの場所なら、万が一葵の気分が優れなくなっても対応してやれると踏んでの行動だ。
勉強は全くと言っていいほど出来ないし、周りからも”馬鹿猫”扱いされているが、葵の機微を察知する力も、それに応じた状況判断もずば抜けて上手い。
「アオ。無理、してる。ずっと、変」
言葉は少ないが、その分都古の言葉はずっとまっすぐだ。葵がここ数日、極端に元気をなくしていることを指摘すれば、葵は気まずそうに長い睫毛を伏せていまう。
「俺にも、話せない?」
そんな葵にねだるように、都古はその小さな体をそっと自分の体に引き寄せて尋ねると、微かに首を横に振る振動が旨に伝わってきた。でも話し始めると思った葵が一向に口を開いてくれない。
様子を伺うために、くっついていた体を少し話してみると、葵は更に複雑な面持ちで都古を見つめ返してきた。
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