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act.2追憶プレリュード<21>
* * * * * *
空っぽのバスタブの中にごろりと丸まる黒い影。身につけているのは薄い藍色の浴衣一枚。
冷えた大理石に直に寝転がるには薄着過ぎるが、都古は全く気にせずのんびりとあくびをしてみせた。
扉の外からは自分を呼ぶ同室の上級生や、クラスメイトの七瀬の声が聞こえるが、浴室の鍵を開ける気はさらさら無い。
同室者である三年も、そして一年のことも都古は全く知らないし、知ろうとも思わないが、とにかく一緒の空間に居ることが苦痛だ。並んだベッドに横たわるなど気が休まらない。
とはいえ、部屋自体を脱走したところで行く先がない都古は、妥協案として部屋の中で個室となる浴室を歓迎会中の滞在場所に決めた。
同室者がもし入浴したければ、他の部屋に借りに行けば良いだけの話だ。
食事の時間だと扉の向こうから何度も声が掛けられるが、食を共にするつもりだって都古には一切ない。いずれ勝手に出ていくだろうと、また目を閉じ、無視を決め込んだ。
────みゃーちゃん、みゃーちゃん
いつのまにか淡い夢の世界に落ちていた都古は、瞼を開けてもまだ夢の続きのように大好きなご主人様が自分を呼ぶ声が聞こえ、首を傾げる。
寝ぼけているのか、それともこれさえも夢なのか。
しばらくぼんやりと考えていた都古だが、ようやくそれが扉の外から聞こえる本物の葵の声だと気づき、急いでバスタブから身を起こした。
「アオ!?」
鍵を開け、扉から顔を出すと、そこにはやはり大好きな葵が立っていた。
「ほらな、お前が声かけりゃ一発だろ」
そして、呆れたような顔をして葵の隣にいるのは京介。更にその後ろには不機嫌そうに眉をひそめる七瀬と、そんな彼をなだめるように抱きしめる綾瀬のカップルまでいる。
「ななが呼んでも全然出てこなかったのに。むかつく」
「しょうがないよ、烏山は藤沢の言う事しか聞かないんだから」
どうやら七瀬の不機嫌の原因は自分らしい。やっと都古は気づいたが、かといって謝る気も起きない。呼んでくれ、なんて頼んだ覚えはないからだ。
「もう、みゃーちゃんってば何してたの?皆困ってたんだよ?」
「……アオ、会いたかった」
「こら、そういうことじゃなくて」
自分を見上げて叱る様子さえ可愛くて仕方ない。都古がたまらず抱きつけば、葵からは溜息が溢れるが、きちんと都古を抱きしめ返して頭を撫でてくれた。
「こんなに冷たくなって。ほんとに何してたの?」
「寝てた」
「……お風呂で?」
頷けば、葵はただでさえ丸い目をさらに丸く瞬かせる。そして更に都古の行動を追及するように口を開くが、先に都古がそれを遮った。
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