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act.2追憶プレリュード<23>

「おいカラス。うちの役員をサボらせたら停学にするぞ」 独特の色気を含んだ低音。振り返ればそこに居たのは学園の現トップである生徒会長、忍だった。 人から触られるのは大の苦手だが、その相手が大好きな葵に近づく邪魔者なら余計だ。すぐさま都古は忍の手を払いのけるが、もう忍の意識は都古ではなく葵へと移り変わっていた。 葵にとって大切なはずの飼い猫が乱暴に扱われたというのに、怒るどころか”会長さん”なんて弾んだ声で忍を呼んでいるのも、都古の機嫌を更に悪くさせている。 「またお前は懲りずにふらふらと。夕食は明日の打ち合わせも兼ねて俺の部屋で、と言ったはずだろう?いつまで待たせる気だ」 「いっ…ごめん、なさい」 都古のことなんてもう視界にも入れず、忍は背の低い葵と目線を合わせると叱りつけるように頬を軽くつねっている。つねる、といっても葵の表情を見れば痛みを感じない程度のものだとすぐ分かるが、都古は黙って見ているわけにはいかない。 「アオに、触んな」 「お前に指図される覚えはない」 思い切り忍の手を引剥してやろうとした都古だが、忍には見透かしたように攻撃を躱されてしまう。 すぐに一触即発の睨み合いが勃発するが、お互い葵の目の前でそれ以上過激な争いをするつもりはない。 無言の争いに終止符を振ったのは二人の真ん中にいた葵だった。 「みゃーちゃん、ダメ。遅刻しちゃった僕が悪いんだから、怒られて当然なの」 「……でも」 葵の言葉に反論しかけたが、もう一度”ダメ”と重ねて叱られてしまうから、都古はようやく観念して忍を睨みつけるのをやめた。 「じゃあもう行くけど…ちゃんとご飯食べてね。同室の人に迷惑かけちゃダメだよ」 すっかり忍に連れて行かれる気満々の葵にそう諭されても、都古は素直にうんと頷けない。 てっきり夕飯ぐらいは一緒に食べられると思いこんでいたのだ。だから葵が迎えに来てくれるまで浴室に閉じこもる、なんて行動にも出た。なのに、葵は都古の気も知らず、あっさり忍に連れて行かれる気らしい。 本当ならもっと我儘を言って引き止めたいが、忍がその気になれば”停学”も本当に有り得てしまうし、自分のせいで葵が更に忍に叱られる事態を引き起こし兼ねない。 かといってやはり葵を忍に引き渡すのは嫌だ。 不服そうな顔で押し黙り始めた都古を前にすると、葵だってこのまま置いておくことは出来ない。そんな膠着状態の二人を眺めている忍がいっそ葵を担いで攫おうかと、そう思い始めたときだった。

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