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act.2追憶プレリュード<30>
「どうしたの?葵ちゃん。嫌いなものあった?」
「別に残しても構わない。好きなものだけ食べろ」
いつもは葵をいじめて楽しむ二人だが、葵の顔色を見ればそんな冗談も口にすることなく、ただぎこちなく気遣ってみせる。
「あ、ごめんなさい…ちょっと…」
ようやく我に返った葵は三人が自分を心配そうに見つめていることに気が付き、誤魔化すようにそう言い残して足早にバスルームへと駆け込んでしまった。
その背中からは、心に踏み込むことを拒むような気配さえ感じられる。どう考えてもいつもの葵らしくない。
歓迎会の準備をしていた時に、卒業した親しい先輩を思って泣き出した時と同じような頑なさも感じてしまう。
「様子、見てくるね」
やはりそんな葵に寄り添う役を買って出るのは奈央だ。忍と櫻もそうしたい気持ちは山々だが、本来の気質が苛めたがりなのだからどうにも葵を慰めるのは苦手なのだ。
だからこういう場は嫉妬を押し殺し、“今はまだ、いずれ自分が”そんな思いをそれぞれが胸に抱きながら、奈央に役目を譲るしかない。
一方の奈央は、葵が駆け込んだバスルームの扉にそっと近づいて中の様子を伺う。
微かに聞こえる嗚咽。それが止んだのを見計らってゆっくりと扉を開けば、案の定葵は洗面台に突っ伏すようにもたれかかっていた。
「葵くん、口、ゆすごっか」
明白な行為を確認することはしない。ただ何も聞かず、準備してきたミネラルウォーターを奈央がそっと差し出せば、顔を上げた葵は一瞬くしゃりと泣きそうな顔になった。
でも唇を噛んでこらえた葵はぺこりと頭を下げてボトルを受け取る。
「食欲無いときは無理しちゃダメだよ」
「……食べれると、思ったんです。皆さんと一緒で、楽しくて」
口内を冷たい水でゆすいで多少気分が回復した様子の葵を諭せば、つい嬉しくなってしまう言葉が返ってきた。
「でも、急に、なっちゃって…ごめんなさい」
あの会話の何が葵の引き金になったのだろうか、と奈央は疑問を感じるが、そこを追及してしまうと更に葵を追い詰めることになる。
前年度の会長、冬耶を通じて知り合った葵とは随分と親しくなれたと自負している奈央だが、こうして葵が時折見せる心の仄暗い部分にはまだまだ接することが出来ない。
「薬飲めば、治りますきっと。……医務室、行ってきますね」
だからパッと笑顔を作って脇をすり抜けてしまう葵を引き止めることは奈央には出来なかった。
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