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act.2追憶プレリュード<33>

* * * * * * 夕食時の広間とは違い、人気のない体育館は電気すら付いていない。月明かりと、併設された本館から漏れてくる照明だけがほんのりと館内を照らしている。 その館内には、置かれたままになっていたスポーツタオルの山の上に2つの人影があった。 「あの……ありがとうございました」 もじもじと照れながら御礼を言う一人はその体に衣服を全く身に纏っていない。そして頬だけでなく、全身を上気させて朱に染めている。 一方の人物は上下きちんと服を身にまとい、彼には視線もくれずに煙草に火を灯し始めていた。 「それで、良かったら…また…」 「タイミング合えばなぁ?」 「あの、幸樹さんの連絡先、とか」 「…………あ?」 裸の生徒は勇気を出して告げたのだろうが、煙草を咥えた人物、幸樹からドスの効いた声が漏れたのに気が付いて、慌てて最低限の衣服を身に纏って体育館から飛び出していった。 普段は飄々としている幸樹だが、他者に自分の自由を制限されることは極端に嫌う。 それさえ気をつければ明るいままのキャラクターで居てくれるが、こうしてただ一度遊びで身体を繋げただけの相手が調子に乗って踏み込んでしまうと、火傷するだけだ。 つまらない歓迎会の暇つぶしにと引っ掛けた新入生の背中を見送りながら、幸樹は自身も少々乱れた着衣を直し、用が済んだ体育館を後にした。 幸樹が向かう先、といっても自室として与えられた別館には生徒会のメンバーしか居ない。ポケットに突っ込んだ携帯を見れば、数少ない友人、奈央からの着信が何度か入っていた。今顔を合わせれば間違いなく説教コースに違いない。 残された幸樹の選択肢は2つ。 施設の外に遊びに出掛けるか。施設内で居場所を探すか。 本音は外に出る案を採用したいが、一人ではつまらない。付き合ってと連絡をいれた悪友京介からは、”一服なら付き合う”と、暗に外出は拒否されてしまった。 残るは館内での居場所探しだが、これもなかなか難しい。 歓迎会の特性上、本館は一年から三年までの生徒がランダムに三人部屋にされている。乗り込んで居場所を確保するのは至難の技だ。 かといって体育館やホールで眠るのも辛い。できればベッドで眠りたいところ。 そうして思いついたのは、ベッドが余っているだろう医務室だった。保険医、橘の行っている商売のことは幸樹ももちろん知っているし、何なら先程まで名前も知らない相手と繋がっていた際に使っていたゴムは橘から仕入れたもの。 常連の幸樹の頼みは聞かざるを得ないだろう。そう思った幸樹は早速医務室に足を運んだのだが、そこで待っていたのは思いもよらない光景だった。

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