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act.2追憶プレリュード<34>
扉を開けるなり飛び込んできたのは、ソファで下半身を剥かれてうつ伏せにされている葵と、それにまたがってニヤける保険医の姿。
橘の右手にはガラス製の体温計、そして左手には体に害のありそうなどぎついピンク色のローションボトル。中身は葵の下半身にも撒き散らされてしまっている。
葵は顔をソファに伏せてぐすぐすと泣いているようで、幸樹が現れたことにはまだ気が付いていないようだ。
「おいこら、何やっとん?変態教師め」
「上野くん、混ざります?」
幸樹が声を掛ければ軽い調子で橘が笑いかけてくる。もし押し倒されているのが他の生徒なら確かに乗ったかもしれないが、葵は別だ。
「藤沢ちゃんはあかん。手ぇ出すなアホ」
「……おや?据え膳は迷わず食う獣のような上野くんが?タイプじゃないんですか?」
「逆や。タイプだからあかんの。ええからはよ小汚い体離せ」
興味深そうにニヤついた目で見てくる橘に拳を振り上げてみせれば、ようやく橘は葵の上から体を起こした。
190を越す長身でガタイのいい幸樹を怒らせたら橘の負けは完全に決まっている。
「……ったく、こんなん京介と奈央ちゃんにバレたら殺されんで、アンタ」
ソファの下で葵が身に纏っていたであろうズボンは回収したが、ローションでベタついた体に着させるわけにはいかない。幸樹は応急処置として自分のシャツを脱いで葵にかぶせながら、物足りなそうな保険医を睨みつけた。
「あ、れ…?うえ、の…せんぱ」
「おう、怖かったな。お兄さんが来たからもう大丈夫や。安心しぃ」
自身にシャツが被されてようやく幸樹の存在に気付いた葵は、幸樹の心配をよそに涙目のままにこりと笑いかけてきた。
「やっと、会えた」
こんな状況だと言うのに、心底嬉しそうな葵。この警戒心の無さと鈍感さを目の当たりにすると、京介の長年の片思いが成就しない理由も察してしまう。
友人の片思いの相手、ということは重々承知しているが、こんな態度を取られたら、必死で押さえ込んでいる葵への恋慕が爆発してしまいそうになる。
だから、本当ならこのまま京介の元に返すのがベストだと頭では分かっていても、”ブチ切れた京介が保険医を殴って退学になるかもしれない”とか、色々と不幸な顛末を妄想し、理由を付けて、葵をもう少し手元に置いておくことにした。
「変態、風呂借りんで」
医務室代わりの部屋には当然バスルームも備え付けられている。
幸樹は葵を元の状態に戻してから部屋に返すことに決め、つまらなそうな保険医に声を掛けた。が、その瞬間目を輝かせて投げてきた商売道具のゴムは受け取らずに投げ返す。
あくまで葵を元に戻すだけだから。
そう言い聞かせ、自分のシャツでくるんだ葵を抱き上げた幸樹はバスルームへと足を踏み入れた。
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