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act.2追憶プレリュード<35>

* * * * * * バスチェアに座らせた葵を前に、幸樹はこれからどうしたものかと頭を悩ませた。 勢いでバスルームに連れ込んだは良いものの、橘が期待するようにこれに乗じて葵に手を出そうとは思ってはいない。とはいえ、橘の痕跡をなくさずに帰したらとんでもない事態を招くことは目に見えていた。 そうなると葵一人にシャワーを浴びさせるのが得策だろう。ただ、その前に幸樹は一つ確認しておきたいことがある。 「藤沢ちゃん、なんであんなことになったん?」 橘に伸し掛かられて葵はぐずってはいたけれど、抵抗はせずにされるがままになっているように見えた。でも葵が好き好んで橘に抱かれようとするなんて到底思えない。 「ちょっと頭、痛くて…で先生に相談したら、お薬くれたんです」 「……うん?」 幸樹のシャツが腰回りを隠してくれているとは言え、下着もズボンも脱衣所に置かれていて無防備な状態の葵。いたたまれないように視線を彷徨わせながら答えてくれるが、幸樹にはさっぱり意味が分からない。 「えーと、ちゅーことは”クスリ”塗られてたってこと?」 最大限葵の言葉を解釈して確かめると葵からは頷きが返ってきたが、その後それ以外に何があるのかと言いたげに小首を傾げて幸樹を見上げてくる。 どう考えても潤滑剤として使用するためのローションに違いないのに、橘が付いた適当な嘘にすっかり騙されているらしい。 妥協して、仮に頭痛を緩和させるための塗り薬だとしても、患部ではなく無関係の下半身にぶちまけられている状況に疑問を持たなかったのだろうか。 「そういうもんに触れさせたくないっちゅー京介の気持ちは分からんでもないけど、ウブすぎるのも危ないな?」 友人が必死になって守ってきた存在。可愛くて仕方ないのは幸樹もよく理解しているが、守りたいなら適度に知識を与えておくのも重要だ。 今だって、幸樹が思わず純粋無垢な存在を抱きしめてしまえば、すっかり安心しきって抱きつき返してくるのだ。 「クスリ、一旦洗い流したほうがええと思うけど、お兄さんが手伝ったげるちゅーたらどうする?藤沢ちゃん」 きっと橘も葵を前にしてこんな風に悪戯心が芽生えてしまったのだろう。つい先刻まで葵をこのままバスルームに置いて外で待機しようと考えていたのに。こんな言葉が口をついて出てしまう。 「えっと…手伝うって…?」 「お尻、自分で見えなくて洗い辛いやろ?ベタベタしてるんがちゃんと取れるように、な?」 「……あ、いや…自分で…」 どうやらそこまではさすがに幸樹の口車に乗ってくれないらしい。幸樹の”お手伝い”の意味を理解した葵は一気に顔を赤くして首を横に振った。

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