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act.2追憶プレリュード<41>

* * * * * * 『…どうしたなっち?』 ワンコールもせずに響いたのは、いつも通り低いけれどどこか軽快さを含んだ声音。 葵が医務室へと駆け込んでしまった後自室に戻った奈央は悩んだ挙句、前年度会長の冬耶に電話を掛けていた。 『今歓迎会中だろ?なんかあった?』 突然の電話にもさして驚いた様子を見せず、ごく当たり前のように尋ねてくるだけで彼の懐の深さが分かる。 奈央が初等部の頃からあらゆる意味で有名人だった冬耶と親しくなったのは前年度の生徒会から。その出会いから、冬耶はまるで奈央のことも弟の一人のように可愛がってくれていた。 だが、冬耶が可愛がっているのは奈央だけではない。実の弟である京介のことも目に入れても痛くないと言うほど猫可愛がりしているし、そして何より葵のことを溺愛しきっている。 そんな彼に相談すべきか電話をかける前にも散々迷って決めたというのに、いざ冬耶の声を聞くとどうしても歯切れが悪くなってしまう。 「さっき葵くんと一緒に夕食とってたんですけど、その…」 『あーちゃんが何?』 冬耶だけの特別な葵の呼び方。でも甘い呼び名とは裏腹に、その声音はさっきまでとは違いピンと糸を張ったような緊張感が伝わる。 「食欲なかったのに無理しちゃったみたいで、戻しちゃってて」 『あぁ…そうか。最近食が細いってのは聞いてたけどやっぱ吐いちゃってたか』 奈央が思っていたよりも冬耶の動揺は少ない。てっきり今すぐそっちに向かう、なんて言いかねないと思ったのだが、どうやらある程度葵の様子を把握していたようだ。 『それで電話してくれたのか?』 「はい、それもあるんですが…」 『なんだよ、ズバッと言え、なっち。俺の時間は有限だぞ』 学園のトップだった頃のように尊大な言い方だが、冬耶が言うと不思議としっくり来てしまう。生まれながらに人の上に立つことを許された人種なのだろう。 「葵くんが食欲なくす原因が、多分冬耶さんかなと思って」 『俺が原因?』 「葵くん、この間も二人が居なくて寂しいって生徒会室で泣いちゃったことがあったから。冬耶さん達に会えないのが原因なら…」 『会いに行けって?』 奈央が出来るだけ慎重に言い回しを模索しても、葵に寂しい思いをさせている冬耶を責めるような言葉になってしまう。

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