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act.2追憶プレリュード<44>

「冬耶さん…今から、来られないですか?」 自分でもみっともないことを言っている自覚はあるが、そんな言葉がつい溢れてしまう。 冬耶の家からここまでどんなに飛ばしても車で2時間ほどの距離。それを今から来いなんて魔王と呼ばれた先輩相手に随分勇気のある発言だが、どう考えてもそれがベストな対応としか思えない。 葵は冬耶を求めているし、冬耶は葵の傷ついた体と心を癒やす術を持っている。それならば、と願いたくなるのも仕方ないだろう。 『なっちがあーちゃんと深く関わる気がないなら、俺が行くよ』 尻込みした奈央に対して返ったきたのは穏やかな声色ながら、棘がある。ズキリと胸に刺さる言葉は奈央に何も発言権を与えないほどの威力だ。 でも奈央が息を飲んだことを電話越しに察したのか、すぐに冬耶は元の軽やかな口調に戻ってみせた。 『なんてのは冗談で』 冗談にしては胸を抉る角度が深すぎる。きっと一部本音が織り交ぜられていたはずだ。 奈央は不用意な自分の発言を後悔したし、すぐに”葵と関わりたくないわけがない”と否定しなかった自分を恥じた。 『俺が顔出したらそれこそあーちゃんがパニックになるよ。俺には元気で学園生活を送ってるって思わせたいんだから。ほんとに可愛くて困った子だよ』 冬耶の苦笑いに、奈央はようやく気がついた。 冬耶だって奈央に言われずともすぐに葵の元へ駆けつけたいのだろう。でも葵の気持ちを優先させるために堪え、遠く離れていても葵を守ってやれる方法を模索している。 葵の過ごす環境丸ごと抱きしめるような冬耶の愛情深さには叶わない。そんな思いをぶつけられれば、奈央は今度こそ冬耶の願いに応えるべく、指示されたことを全て守ると誓った。 『で、なっち。今あーちゃんは?』 奈央が了承してみせるなり、冬耶の声音も心なしか安堵したものへと変化したのだが、この問いへの返答でまた一気に魔王へと逆戻りしてしまう。 「薬飲むって言って医務室に行ってます」 『医務室?まさか一人じゃないだろうな?』 「え、いや…一人、で飛び出しちゃって」 『はぁぁぁぁ?何やってんだなっち、このどアホ』 耳をつんざくような怒声と共に浴びせられる罵倒。奈央は思わず耳から携帯を遠ざけてしまう。 『いいか、今すぐあーちゃん保護しろ、もしもあの保険医があーちゃんに指一本でも触れてたらその時は』 「その、時は…?」 『…………焼く』 淡々ともたらされたのは耳を疑うようなとんでもない罰。 電話を通してとんでもない怒気が伝わってくるのだが、なぜ冬耶がここまで過度に反応するのか、その理由が奈央にはわからなかった。 だが、そんなことを口に出せばきっと更に怒られてしまうだろう。 “早く”と煽られた奈央は葵を奪還すべく慌てて部屋を飛び出した。

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