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act.2追憶プレリュード<45>

* * * * * * 夕食後、自室に滞在し続けるのが耐えられなくなった爽は、つい部屋を抜け出してしまった。向かう先は葵が居るであろう別館。 だが、簡単に葵に会えるわけがない。別館の扉にはアンティークなデザインに不向きなタッチパネルが備え付けられていて、そこに暗証番号を入力しなければ扉が開かない仕組みとなっていた。 「あぁーダメかぁ。誰か通んないかな」 そう言ってはみたものの別館に用事がある人物なんて生徒会のメンバーしかいない。爽がうろちょろしているのが見つかればきっと追い返されるに違いなかった。 今日はもう葵に会うのは諦めるべきか。 聖にばかり堪能されたのが悔しくて一人で葵に会いに来てしまったが、うまく行かずに胸にもやもやが溜まる一方だ。 爽が今来た道を引き返そうと身を翻すと、ちょうど黒い影が渡り廊下をこちらに向かってくることに気がついた。 「烏山先輩?」 艶やかな黒髪を朱色の紐で結き、浴衣を身につける細身の生徒なんて学園中探しても一人しか居ない。 案の定照明に照らされてようやく覗いた顔は都古で間違いなかった。 だが、爽が声を掛けても都古は見向きもせず、爽が先程していたように別館の入り口に立ってタッチパネルをしげしげと観察し始める。そして自分で太刀打ち出来るものではないとわかると、盛大な舌打ちをしてみせた。 葵が近くに居ると甘えん坊の猫になるが、基本的に葵が居ないととてつもなく無愛想で態度が悪い。 「え、どこ行くんすか?」 てっきりそのまま本館へと戻ると思った都古は爽の予想に反して渡り廊下を外れて別館の外周を辿るように歩き始める。何をするつもりなのかと声をかけた爽はまたしても都古にあっさりと無視された。 都古から敵視されているのは知っていたが、相手にもされないとさすがに腹が立つ。 それに都古が何かを確かめるように別館の壁を見上げながら進んでいく行動がただ単純に気になる。 爽は嫌がられるのを承知の上で都古の後をついていくことに決めた。

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