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act.2追憶プレリュード<49>
* * * * * *
京介のものとは違う煙草と香水の匂い。シャツから香るそれらは不思議と心地よくて、葵は思わず頬を寄せてしまう。
医務室でシャワーを浴びた後有無を言わさず幸樹におんぶされて、今は部屋まで送り届けられている最中。
最初は周りから向けられる視線を避けるように幸樹の肩口に顔を埋めていたが、適度な揺れと安心感で少しずつ瞼が重くなってきてしまっていた。
「藤沢ちゃん、おねむ?」
「…へ?あ、いえ、全然」
「ははっ、ええよ別に寝ても」
間の抜けた声を出しつつも慌てて否定したのだが、幸樹にはバレバレだったらしい。葵を支える手が眠りを促すようにトントンとリズムよく動き始めてしまう。
幸樹とのバスルームでの時間を思い出すと恥ずかしくて仕方ないが、こんな風に長い時間幸樹と二人きりで過ごしたことは初めてで、その嬉しさのほうが恥ずかしさを遥かに上回っていた。
でもその時間はもう終わりに近づいていた。
本館から別館へと繋がる渡り廊下に差し掛かった時、前方から奈央が駆け寄って来たのだ。
「あれ、奈央ちゃん」
先にその存在に気がついた幸樹の声で葵が顔を上げてみせると、向こうも幸樹に背負われているのが葵だと認識したらしい。
更にスピードを上げた奈央はあっという間に葵の元へとやってきた
「葵くん!良かった、無事で」
全速力で走ってきたのか奈央の息が上がっているが、その表情は葵を見つけて随分と安堵しているようだった。
だが一度確かめるように優しく葵の頭を撫でると、奈央は厳しい顔つきになって幸樹を見据える。
「幸ちゃん、何かあったの?説明して」
「何、って…医務室でばったり会って、ほんで一緒に帰ってきただけやで」
「……本当に?」
「ほんまやって。他に何があんのよ。な、藤沢ちゃん」
葵と幸樹の珍しい組み合わせ、それに葵がおんぶされている状態を奈央が訝しがるのも無理はない。だが、幸樹の言ったことは大幅に省略されてはいるものの嘘はなく、葵は肯定の頷きを返した。
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