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act.2追憶プレリュード<53>

そうしてしばらく奈央との会話を弾ませていた葵は、段々と自身の瞼が重くなっていくことに気がついた。でもまだこの時間を終わらせたくない。 奈央との会話を途切れさせたくない、という理由もあるが、その後訪れる一人の就寝時間が恐ろしかったからだ。 でも葵に耐えず気遣いの眼差しを向けていた奈央に眠気がバレないわけがない。 「そろそろ眠ろうか」 「……あの、帰っちゃいますか?」 手にしていた空っぽのマグカップを取り上げられて、葵はつい不安になってそんなことを口走ってしまう。 京介や都古と一緒に寝ることは当たり前のようになっているが、慕う先輩に対して”一人で眠れない”なんて暗に匂わせる発言をするのが恥ずかしい行為であることは葵だって自覚はしている。 「葵くんが眠るまで、傍にいるよ」 きっと忍や櫻なら、葵のお子様っぷりを意地悪に笑うだろうが、奈央はいつだって優しい。からかいもせず、本当に葵をベッドまでアテンドしてくれる。 布団に潜り込ませた葵の傍にしゃがんで目線まで合わせてくれた。焦げ茶の瞳を見つめ返すだけでほんわりと胸が温かくなる。 「なお、さん」 「なに?どうしたの?」 思った以上に睡魔は近くまで訪れているらしい。普通に奈央を呼んだつもりが、どこか舌っ足らずな声を出してしまう。 「ごめんなさい」 蕩け始めた頭で、葵は懸命に伝えたいことを口にした。奈央をここまで付き合わせてしまって嬉しい気持ちはあるものの、段々と増えていくのは申し訳ない思い。 「どうして謝るの?」 「だって…奈央さん、ずっと一緒にいてくれるから」 「なんだ、そんなこと。眠るまで話そうって約束したのに」 にこりを微笑んで髪を撫でてくれる奈央に、葵は少し罪悪感を取り払うことが出来た。 そこからはまた他愛のない話を繰り返すだけ。 語りかける奈央の穏やかな声音と。一定の間隔で髪を梳く少しひんやりした指先と。まだ室内にほんのりと漂うココアの甘い香りと。 その全ての要素が混じり合って、葵は本格的に瞼を開けられなくなっていた。 かろうじて最後に葵の耳に届いたのは、奈央からの”おやすみ”の挨拶だった。

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