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act.2追憶プレリュード<55>
「……これ、葵くん…?」
写真に映っていたのは、雰囲気も服装も今とは全く異なるが、幼い頃の葵で間違いないだろう。でも愛らしい顔立ちに浮かべているのはいつもの無邪気な笑顔ではなく、不自然なまでに作り上げられた完璧な微笑み。
葵がこの頃の夢を見たくて枕元に隠していたとはどうしても思えない。
なぜか無性に胸騒ぎがして、奈央はその写真を自身の携帯で映し記録を残しておくことにした。葵の秘密をむやみに暴くような真似はしない。本人にも見たことを伝えるつもりはない。
ただ、一人で抱え込みがちな葵を救うためのヒントになる時が来るならば。そう思ったのだ。
写真を元の位置に戻し、奈央はもう一度この先の行動を思い悩んだ。葵の腕を見るか、見ないか。
冬耶からの命令は絶対だ。破ったらひどく叱られるだろう。でも葵の意思のない所で勝手に体を盗み見るのは気が引ける。
しかし、もし本当に冬耶の言うように葵が自分の体に傷を付けていたのなら、そのままの状態で放置するのはもっと気後れした。
覚悟を決めた奈央は葵の体には少し大きめのサイズのパジャマの袖に指を引っ掛けた。
「…………ッ」
現れたのは白くなめらかな肌に不似合いな無数の傷跡。自分で噛んでいるからか、それぞれは深いものではないが、うっすらと血が滲んでいたり、かさぶたになっている箇所は直視出来ないほど痛々しい。
「なんで、こんなこと」
時折肉体的に、そして精神的に元気を失くすことはあったけれど、奈央にとって葵はいつでも天真爛漫で可愛い後輩だった。
その明るさに救われてきたのはいつだって奈央のほうだったのに。
何とも形容しがたい感情に支配されながらも、傷を晒したままにしておくことは出来なくて、葵に見咎められないようココアと共にこっそり持ち込んでいた小さなポーチを隠し場所のバスルームから取ってきた。ポーチの中身は消毒液とコットン。
明日の歓迎会で行われる運動部の試合会場でも簡単な手当ができるよう、生徒会で事前に用意していた救急用品がこんな時に役に立つなんて思ってもみなかった。
コットンに消毒液を染み込ませ、そっと葵の腕へと這わせる。もちろん夢の世界から目覚めさせないよう注意は払っている。
だが、傷口に当てられるコットンはどうしても染みるらしい。葵の眉がつらそうにひそめられたことに気が付いて、奈央は慌てて手を離した。
また葵が深い眠りに入るのを待つしかない。
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