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act.2追憶プレリュード<57>
「その、葵くんがうなされてて」
『葵が?起こしちゃっていいっすよ』
電話越しの京介の言葉は案外軽いものだった。葵が悪夢を見ることは日常茶飯事なのだろうか、と奈央は思う。
「でもなかなか起きないし、様子が普通じゃないんだ」
『普通じゃないって?』
「謝ってばかりいて…その…」
『そっち、行っていいっすか?』
言い淀む奈央の様子にうなされている度合いの酷さを察してくれたのだろう。京介からこちらに来ることを申し出られて、奈央は安堵を隠しきれなかった。
電話越しに別館の入り口にあるセキュリティパスの番号と葵の部屋の位置を伝えて通話を切った奈央は、京介がいつ訪れても最速で葵の元に駆けつけられるよう部屋の扉を開けておくことにした。
「すぐ西名くんが来てくれるからね」
葵の額に浮かぶ汗を拭ってやりながら、奈央はそう声を掛けた。
自分の力で葵を救ってやれないことに悔しさを感じないわけではないが、自分のプライドよりも葵の安全が第一優先事項。葵に早く笑顔が戻るなら、何だってしてやりたい。
だがそんな奈央の気持ちは葵には伝わってくれない。腕は奈央に押さえられてしまったからか、今度は唇を噛みだした葵に奈央が途方にくれ始めた時、ようやく救世主が現れてくれる。
「高山さん」
呼びかけられて振り返ると、Tシャツにスウェット、なんてラフな格好をした京介が少し息を切らせながらそこにいた。
「すんません、ちょっといいっすか」
葵の様子を見た京介はすぐに奈央の位置を奪うようにベッドサイドへと駆け寄った。そして、一見乱暴に見えるくらい葵の頬をぺちぺちと叩き始める。
「葵、噛みたいならこっち噛め」
ためらいもなくきつく噛まれた葵の唇に己の指をねじ込み、代わりに噛ませながら、何度も何度も呼びかける京介の姿はどう見てもこの事態への対処に慣れきっているようだった。
「……あ…う…」
「葵、もう大丈夫だから。戻ってこい」
「ま、ま…ごめ、なさい」
「違う、お前の前に居んのは誰だ?ちゃんと目開けて確認しろ」
異質なものを噛んだことへの違和感で葵の意識もようやく現実に戻って来始めた。追い打ちを掛けるように京介が畳み掛けると、葵の瞼が重たそうに開く。
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