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act.2追憶プレリュード<58>
「見えるか、葵」
葵の瞳が自分以外の余計なものを映さないよう、京介は目一杯顔を近づける。しばらくゆっくりと瞬きを繰り返した葵の瞳には涙が浮かんで溢れるギリギリの状態。
「きょ、ちゃん…京ちゃん」
信頼出来る存在をやっと認識した葵はすぐさま京介に両腕を伸ばしてぎゅうと音が鳴るぐらいきつく抱きついた。
京介は葵の体を抱きとめると、よりしっかり覚醒させるためにそのまま体を持ち上げ、ベッドの上に腰掛けた自分の上に跨がらせるように座らせる。より深く密着出来るこの体勢は昔から葵を落ち着かせるのに不可欠だった。
今はこの場に奈央がいるから葵にしか見せない甘い一面を見られる気恥ずかしさは多少あったものの、奈央がそれを見てからかうような人種ではないことは理解しているからまだ耐えられる。
「また”怖い夢”見たのか?」
自分に抱きついてぐすぐすと泣き始めた幼馴染に掛ける声はいつもの口調より数段柔らかい。葵は言葉では返事をしなかったが、こくりと頷いた振動が伝わる。
「最近お前が飯食えなくなってんのも夢のせい?」
今度の問いかけには、少し反応まで時間がかかった。
「ごめ、なさい」
「怒ってんじゃねぇんだって。ちゃんと理由言わなきゃ分かんないだろ?」
「嫌いに、ならな、で」
「人の話聞け。ならねぇよ、アホ」
京介の問いへの答えではなく、謝罪と懇願。目覚めたようでまだ葵は覚醒しきれてはいないようだった。
「はるかさん、居なくなっちゃった」
「なんでそう話飛ぶかね、お前は。あの人がお前のこと嫌いで留学したんじゃないことぐらい分かってんだろ」
的を射ない葵の言葉に京介は口では呆れてみせるものの、こうした状態の時に出る発言全てが葵が普段懸命に隠そうとしている本音なのだ。葵が何を考えているか、何に苦しんでいるか、聞き出すなら今がチャンス。
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