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act.2追憶プレリュード<59>

「で、俺との約束破るのは遥さんのせいなわけ?」 「やく、そく?」 この部屋を訪れてすぐに気がついた葵の異変。問いただすのは今しかない、と京介がもちかけると、葵は分からないと言いたげにギュッと京介の首に回した腕に力を込めた。 「……これ、またやったな?」 一度は京介からもきつく抱きしめた体をあえて引き離し、回された腕が緩んだのを見計らって、京介はその腕を指し示すように握ってみせる。 パジャマ越しとは言え、傷が浮かぶ腕を握られたら当然痛みを感じてしまう。葵が耐えきれずに眉をひそめれば、京介はすぐに力を緩めたがその代わり袖をめくって箇所を露わにされてしまう。 「これ、さっき夢見て噛んだんじゃないな?いつからやってんの?」 「ごめんなさい、もうしないから、嫌いにならないで」 「だから…ああもう」 また葵からもたらされる悲痛な懇願。 黙って見守っていた奈央は、今までほんの少し疑問に感じていた、なぜ京介がまだ葵と付き合えていないのか、その答えが垣間見れた気がしていた。 京介が葵を何よりも愛しているなんて、外野から見れば明白な事実でも、葵自身は些細なことでも京介に嫌われるのではないかと怯えている。その相手は京介だけでなく、名前が出た遥に対しても、誰に対してもそうなのだろう。 「高山さん、悪い、あとは何とかするから」 「……あ、うん。わかった」 暗に席を外すよう頼まれた奈央は、葵の様子が気になりはしたが、自分がこれ以上出来ることが無いのも自覚している。 寂しさは残るが京介に任せるしかないのだし、何より京介に助けを求めたのは自分だ。 「すんません、呼んでもらって感謝してるから」 葵を心配する奈央の気持ちを察したのか、部屋を出て行こうとする奈央に最後に京介はこう声を掛けてきた。 ぶっきらぼうではあるけれど、兄の冬耶とはまた違った優しさを持つ京介。 彼が葵を癒やしてやれるのならそれが一番良いことだから。 奈央は自分にそう言い聞かせ、名残を惜しみながら自室へと戻っていった。

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