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act.2追憶プレリュード<60>
* * * * * *
「で、葵。俺がお前のこと嫌うって?本気でそう思う?」
奈央が出ていったのを見届けた京介は、改めて泣き虫で臆病な幼馴染と向かい合う。
白い頬はすっかり涙で濡れて、目元も赤くなってしまっていた。それを癒やすように優しく口付けを落としてやると、くすぐったそうに身を捩ってみせるのが可愛くてたまらないが、問いかけに答えない所は咎めなければならない。
だから京介は次に口付ける場所をうっすらと血が滲む唇に定めた。
桃色の唇に不似合いな紅をゆっくり拭っていくだけの優しい動きに、葵も素直に身を任せてくれる。
「葵、こういうの、なんでするか教えただろ?」
「……ん、好きな、人とする挨拶って」
何度か触れるだけのキスを繰り返した後別の切り口から葵に尋ねれば、先程よりは素直な言葉が返ってくる。
「そ。てことは、どういうこと?」
小さい頃は京介にすら滅多に触らせてくれなかった淡い色をした髪をそっと梳きながら追い打ちをかけると、葵は少し困ったように眉尻を下げる。
「京ちゃんが…好き、ってこと」
「俺が、誰のこと?」
答えが分かっているはずなのに、未だに京介からの好意をはっきりと言いきれる自信のない葵にもどかしさを何度感じてきたか分からない。
はぐらかそうとする葵を責めれば、また泣きそうになって顔を伏せてしまう。
「じゃ葵が分かるまですっぞ」
宣言してからキスするなんて馬鹿らしいと京介は思うのだが、相手がこの行為の意味すらはっきりと理解していないお子様なのだから仕方ない。
言葉通り葵の小さな顎を掴んで上向かせると、改めて唇を重ねてやる。最初は互いの熱を分け合うように擦り合わせるだけの口付け。でも少しずつ少しずつ啄むような動きに変えていけば、葵からは愛らしい吐息が溢れ始めてくる。
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