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act.2追憶プレリュード<68>

「で、何があったの?」 葵が自室に戻ったのを見届けてまず声を発したのは櫻だった。 「どういう風に説明すれば良いのかわからないんだ…僕も正直、気持ちの整理がついてなくて」 はぐらかそうとする素振りは見えない。少し寝不足が伺える奈央の表情からしても、彼の言葉は素直な本心に違いなかった。 「どこまで踏み込んでいいのか分からないし、それを僕が軽はずみに二人に話して良いのかも判断出来なくて。ごめん」 いつも葵を困らせてばかりの友人たちにはほとほと呆れてはいるが、二人が自分なりに葵を愛そうとしていることは奈央だって分かっている。 だから本当なら昨夜知ったことを二人に打ち明けて協力を仰ぐべきなのかとも思うのだが、人に知られることを恐れている様子の葵の気持ちを台無しにするような気がするから踏み切れない。 「お待たせしました!」 しばらく続いた重たい沈黙を破ったのは、制服を身に纏って身支度を終えた葵だった。 部屋から顔を出した葵はすっかり気持ちを入れ替えたのか、いつも通りの無邪気な笑顔を携えている。 「葵ちゃん、何食べたい?何なら食べれそ?」 「うーんと…ホットケーキ…とか?」 扉から出てくるなり葵に抱きつきに行った櫻は、これでも一応葵の食に気を使っているつもりなのだ。 「お子様だな、お前は。どうせたっぷり蜂蜜がかかった甘ったるいものがご所望なんだろう?」 「美味しいですよ?」 忍も櫻に負けじと葵の頬に触れながら少しだけ意地の悪いことを言ってみせる。でもそこには言葉とは裏腹に葵に対する愛しさが溢れているから、葵も少し拗ねた様子を見せながらも忍に甘えた声で返事をしている。 でも、いつも通りの日常に戻ろうとする葵の健気さが恨めしいような、そんな気持ちがしてしまうのはその場にいる櫻、忍、そして奈央も同様だ。 「あと、奈央さんのココア!」 「それなら……もう、あるよ」 櫻と忍に囲まれて嬉しそうな葵に対して、準備していたマグカップを奈央が差し出せば、今日一番の笑顔になってくれる。 「なにそれ、僕が淹れる紅茶よりも、インスタントのココアのほうがいいわけ?」 「葵の味覚ももう少しオトナになって欲しいものだが、そこもお前の可愛いところか」 不満そうに形の良い唇を尖らせる櫻と、相変わらず言葉の節々に妖しげな色気を込める忍。そして葵の笑顔にほっこりと癒やされている奈央。 「上野先輩も朝ごはん、来るかな」 ここに幸樹の姿があれば完璧なのに。 葵が漏らしたひそかな願望に対しての反応も三者三様だったけれど、まとまりがないようで案外皆の結束力は高い。 中心に居る葵の笑顔が絶えないように。その気持ちが全員共通のものだから成り立っているのだ。 「あ、奈央さん、おはようございます」 「だから葵ちゃん、空気読んでってば。今日三回目だからね、これ」 「お前は本当に。今言うことじゃないだろう」 「はは、おはよ、葵くん」 不意にまだ奈央に朝の挨拶を告げていなかったことを思い出した様子の葵は、櫻と忍の腕の中にも関わらず、奈央に対してぺこりと頭を下げてくる。 そんな様子がおかしくて、奈央だけじゃなく、櫻も、忍もガラにも無く声に出すほど笑いだしてしまう。 そこには先程までの重たい空気はもう少しも残ってはいなかった。

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