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act.2追憶プレリュード<71>

そうして葵を見守る人物が一人増えてしばらく経った頃、とてつもない勢いでテントに駆け込んでくる人物が現れた。 「ちょっと爽!お前何やってんの!?」 息を切らせてやってきたのは、すっかりテント内でくつろいでいた爽の相棒、聖だった。今にも爽に掴みかからんばかりの勢いの聖は明らかに怒っている。 「なんだよ、聖。うるさいな」 「なんで勝手に葵先輩のとこ来てんだよ。抜け駆けしないって約束しただろ」 「聖が見つからなかったから、先に葵先輩のとこ行ってると思っただけだよ」 聖に問い詰められた爽は涼しい顔で反論してみせる。まるで聖がどういう風に怒るか、読めていたようだった。 「じゃあ電話してくればいいじゃん。俺よりも多く葵先輩と過ごすとかむかつく」 「俺のことなんか気にせずキスかました奴に言われたくないんだけど」 「何?昨日のこと根に持ってるの?次は爽に先譲るって言ったじゃん」 いつだって仲良く行動していたというのに、珍しく揉め始めた聖と爽。その随所に葵の名前が出てくるのだから、葵本人が気にかけてやらざるを得ない状況だ。 でも葵が身を翻すより先に、膝上の猫が動いた。 「アオに、キスした?」 「ええ、しましたけど?烏山先輩に何か関係あります?」 聖の胸ぐらを掴んで詰め寄る都古の瞳は、普段何の感情も浮かんでいないのに今は怒りに染まっている。対して、聖も煽るように吊りがちの目を細めて挑発しだしてしまう。 自分たちの小競り合いから都古との喧嘩に発展するのは爽だって本望ではない。立ち上がって二人の間に割って入ろうとすると、その役目をうんと小さな人物に奪われてしまった。 「はいはい、そこまでー。喧嘩するなら外行ってやってね、うるさいから」 聖と都古、双方の胸に手を伸ばしてぐいっと引き離したのは七瀬だった。葵よりも更に小柄なくせに力だけは強い。思わぬ仲裁によって、二人共よろめきながら体を引き離さざるを得なくなった。 そして七瀬は突き飛ばしたばかりの聖のカーディガンを引っ掴んで爽の近くまで寄せると、生意気な後輩双子に対して悪魔の一面を披露しだした。 「っていうか、葵ちゃんの名前バンバン出して揉めるとかふざけんなよ。自分のせいで喧嘩したって思ったら葵ちゃん泣くだろーが、クソが」 可愛らしい童顔を歪めて睨みあげ、いつもよりも数段低いトーンの声音。そのギャップは聖と爽を怖がらせるには随分効果的だ。

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