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act.2追憶プレリュード<73>
「……てことは、都古くん叱るべきだった?」
「いや、それはそれで面倒なことになるから。あれで良かったよ」
綾瀬の言うとおり、都古を咎めればそれこそ厄介なことになる。反抗した都古がそのストレスをぶつける先もまた葵しかないのだ。それが過剰なスキンシップになることを知っている周りがコントロールせざるを得ない。
これ以上の議論をやめた綾瀬と七瀬は、また定位置に戻って葵の仕事ぶりを遠巻きに見守ることを再開させたのだが、状況を察した葵は新入生の対応をあっさりと一時中断させてしまった。
「聖くん、爽くん!」
都古が足をがっちりガードしているから席を立つことが出来ないが、代わりに寂しげな後ろ姿に届くよう声を張らせる。
「お昼、一緒に食べようね!」
振り返った二人に対しての葵の誘いは、都古、そして七瀬から不満の声が上がるものだったが、双子をあっという間に笑顔にさせる力を持っていた。
でもその後に続く要望には双子も少しだけ眉をひそめる。
「あ、でも二人の同じ部屋の先輩たちにもちゃんと声かけてね?」
あくまで歓迎会のルールは守ろうとするところが生真面目な葵らしい。
きっと昨夜の夕食よりも、今日の昼食は更に大所帯になってしまうだろう。その場にいた誰もが一瞬想像した光景はあまり魅力的なものではないが、中心に葵が収まってくれれば満足だ。
「「迎えに行きますね」」
やっと揃ったいつも通りの声音。それを聞いた葵は少しだけ心配そうだった表情を緩めて、満面の笑顔になった
「来んな」
だから都古も口ではそう言いつつも、葵の笑顔を壊すような真似はそれ以上せず、ぎゅっと葵の腰に手を回して堪えてみせる。
「お、都古くんが我慢した。えらいねぇ。頭撫でて来よっと」
「やめなさい、なな。触ったらキレられるから」
綾瀬はすぐに止めたのだが、七瀬は聞こえていないフリをして都古の頭を撫でに行ってしまう。すっかり悪戯っ子の表情に変貌しているから、綾瀬の指摘なんてもちろん分かった上で近づくのだろう。
そうして今度は七瀬と都古の喧嘩が勃発してしまった。でもそこにはさっきのような殺気は立ち込めていない。あくまで日常の延長線。
だから葵もただの友人同士のじゃれ合いだと認識して笑っているし、綾瀬も口ではなだめつつも本気で止めるようなことはしていない。
「お前ら、何やってんの?うるせぇな」
結局バスケの試合の時間になりやって来た京介がこうして間に入るまで、七瀬と都古の不毛な争いは続くこととなった。
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