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act.2追憶プレリュード<77>

一ノ瀬の立つ角度からは濡れたシャツ越しにうっすらと桃色の胸の突起が覗いているのだから、周囲の目など気にせず行動が先走ってしまうのも無理はない。 葵も教師の手を無下に拒否することはできず、ただの純然たる好意だと受け止めて大人しく脱がされようとするから危険だ。 「先生、ここには彼の着替えもないし、室内に移動させるのが先決では?」 一ノ瀬の手を止めたのは、適切な状況判断を諭す落ち着いた声音。一ノ瀬も、そして葵も声の主を探ろうとすれば、向こうからより歩み寄って正体を明かしてくれる。 「奈央さんっ」 親しい存在が現れてホッとしたのか、葵は強張っていた表情を緩めてすぐにその傍に寄ってみせる。 「こんなに濡れて。寒いよね」 奈央はそう言うと、他からの視線を遮りながら手早く葵のブレザーを脱がせ、自身が身に纏っていたカーディガンを葵に羽織らせた。 本当なら体にぴったりと張り付くシャツも脱がせたいところだが、濡れた葵に良からぬ妄想を掻き立てられている一般生徒が周りにいるのだから配慮してやらねばならない。 この光景を見れば、何が起こったかぐらいは奈央にも簡単に予測がついた。葵を早く温かな部屋へ連れていき着替えさせてやりたいが、役員相手に揉め事を起こした生徒、安達への聞き取りもしなくてはならない。 葵を一人で戻らせるしかないか。 「奈央さまっ、何かお手伝いしましょうか?」 まるで奈央が苦渋の選択を迫られているのを見計らったかのようなタイミングで、小柄な生徒が現れた。 甘ったるい声音がよく似合う大きな瞳の持ち主は、非公式ではあるが奈央を慕う生徒で結成された親衛隊の隊長を名乗る福田未里だった。 「あぁ福田くん。……じゃあ、別館まで葵くんに付き添ってもらってもいい?」 「はい、もちろんです!行きましょ、葵さん」 奈央は少しだけ迷う様子を見せたが、奈央に対してだけでなく生徒会の誰に対しても敬意を払って接している未里を信頼して葵を任せることにした。 敬意の証として、同い年である奈央に対してだけでなく、年下の葵にまで丁寧に接しているのだから奈央もその姿に安堵する。 「で、事情、聞かせてもらっても良い?」 呆然としている安達に奈央がかけた言葉には厳しさも含まれているが、問い詰めるような刺々しさはない。ただ学園をしっかりと統治させようとする奈央の生徒会役員としての意志の強さだけは込められていた。

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