160 / 1393

act.2追憶プレリュード<82>

* * * * * * 自室のバスタブにお湯を張らせ始め、入浴剤の準備も完了させた櫻が葵の部屋に戻れば、そこには部屋を出た時と変わらない姿の葵が居た。 「何やってるの?脱いでなさいって言ったのに」 櫻が声を掛ければ、放心していた様子の葵は一瞬体をビクつかせたあと、櫻の存在に気が付いて気まずそうな顔をしてみせた。 「ごめんなさい、あの…」 「冷える一方でしょ?ああもう、仕方ないな。とりあえずおいで」 こうなったらここで脱がせるよりも早くバスルームに連れて行ったほうが早い。そう判断した櫻は煮えきれない葵の手を引いて自分の部屋へと強引に連れて行った。 廊下を通って葵の二つ隣の角部屋が櫻の部屋だ。内装は葵の部屋と変わらないが、角部屋ということで二面に窓がついているからより多くの日差しが入ってきて暖かい。 櫻が葵を入浴させるために自分の部屋を選んだのは、ただ単に入浴剤を持っていくのが面倒だったとか、悪戯をしている最中に邪魔が入りにくいようにとか、そんな邪な理由だけではないのだ。 でも葵は櫻の気遣い虚しく、脱衣所に押し込んでも濡れた服を身に纏い続けている。 「葵ちゃん、冗談抜きで早く脱ぎなさい。こんな状況で何恥ずかしがってるの」 今朝、脱がそうとした瞬間に逃げ出されてしまったから、あくまで自発的に脱ぐのを待っていたというのに、これでは埒が明かない。 櫻が仕方なく葵のネクタイに手をかけ手早く解き、シャツのボタンに手を掛けていくと、やはり葵は抵抗をしてみせた。 「あのね、さすがに僕もこの状態で手を出そうなんて思わないから。それとも何?前科があるから信じられないの?」 冷えたせいか青ざめた顔をしている葵に、櫻もつい痺れを切らして口調がきつくなってしまう。 始業式の日に己の欲望に任せて葵を抱こうとしたことは反省しているし、仲直りしたはずだ。 でもこうして怯えるような仕草を見せられると、自己嫌悪で吐きそうになる。その苛立ちを溜め込んでおけずに葵へとぶつけてしまうから尚更自体を悪化させるというのは自覚しているのに、だ。 葵は櫻の苛立ちに気が付いたのか、懸命に首を横に振ってくる。 「櫻、先輩に、嫌われたくないの」 「嫌う?僕が葵ちゃんを?なんで?」 泣きそうな顔で訴えてくる葵の真意が櫻にはさっぱり理解出来ない。こんなに精一杯愛しているのに、何をこの子は心配しているのかとまた苛立ちが溢れてきてしまう。

ともだちにシェアしよう!