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act.2追憶プレリュード<83>

「気持ち…わるい、から」 葵が紡ぐ”嫌う理由”も意味不明だ。世界中の誰よりも可愛くて仕方のない存在のどこを嫌悪する要素があるというのだろう。 でも櫻はふと、葵の様子がおかしい理由に思い当たった。 「もしかして、福田に何か吹き込まれたの?」 櫻が未里の名を告げれば、またしても否定の動作が返ってくるが、櫻には思い当たることはそれぐらいしかない。 「あいつに何言われたとしても奈央に可愛がられてる葵ちゃんへの嫉妬だから。気にしなくていいのに。それとも僕よりもあいつの言葉信じるわけ?」 「ちがっ、あの人は何も…ただ、ほんとに、気持ち悪いから」 葵の瞳には嘘や誤魔化しの色はない。 ではなぜ? 再度浮かんだ疑問の答えに、櫻はもう一つ、心当たりを思い浮かべた。 昨夜京介を呼び出したと告げた時の奈央の様子。櫻や忍相手にすら詳細を話すのが躊躇われるほどの事情を目の当たりにしたのであろう奈央は、それを知ってしまったことに困惑した様子で、そして随分と疲弊しているように見えた。 「わかった。じゃあ今はもう何でもいいから、とにかくそれ脱いで体温めてきなさい」 櫻は自分に脱がされることを拒む理由を探ることを諦め、そう言って葵をバスルームに一人残すことにした。 あわよくば悪戯を、と思っていたことは否めないが、最近ずっと情緒不安定な様子の葵を一人にするのが心配だった気持ちも強い。だから一人置いてけぼりにした葵がどうなるのか、不安はある。 でももうすっかり冷え切って血の気が失せている葵をこれ以上自分とのやりとりのせいで凍えさせるわけにはいかなかったのだ。 バスルームへと繋がる脱衣所スペースの扉を櫻が閉めると、しばらくして微かに衣擦れの音がし始めるからようやくホッと息をつくことが出来た。 しかし同時に、葵が入浴を拒んでいた理由が単に自分に体を晒したくなかったということだと確定し、櫻はより複雑な気持ちになった。 やはりあの日、無理に手を出した自分への恐怖心から裸体を晒すのに不安を感じているのではないか。 普段は素直に擦り寄ってくれるし抱き締めれば嬉しそうな顔をするから、そんなことは無いと思いたかったが、こんな状況ではその自信も失われてしまう。 でも、葵がお湯に浸かり始めた水音が響いたのを確認してから脱衣所に入った櫻は、真実に近づくことができた。

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