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act.2追憶プレリュード<84>
「なに、これ」
タオルと着替えの代わりに葵が脱いだ濡れた制服を回収しようとした時、衣服に紛れて細長い白い布が束になって床に落ちたのだ。
どう見ても傷口を保護するための包帯にしか見えないそれは、二つ、重ねられている。それが指し示すことは、葵が少なくとも離れた二箇所、包帯で覆わなければならない怪我をしている、ということに他ならない。
「だから、気持ち悪い、か。全く、どこまでバカなの葵ちゃんは」
櫻が嘆きたくなるのも無理はない。
怪我を心配こそすれど、蔑むようなことを櫻が言うとでも思ったのだろうか。お子様で甘えん坊で泣き虫なくせに、こういう距離の取り方をする葵に本気で怒りさえ覚えそうだ。自分の愛情を舐めないでほしい。
どうやってこの距離を縮めていけば良いのか。
生憎他人に愛情を向けた経験などない櫻には葵との時間全てが初めての感情で満ちていてどうにもうまくやり過ごせない感がある。
櫻が、胸に積もるもどかしさを溜息に変えた時だった。
換気のために少しだけ開けていた出窓が音を立てて開けられる。
「誰!?」
建物の二階、窓から侵入してくる者にロクな奴は居ない。今は無防備な姿の葵が近くに居るのだから、櫻は自分の身のことだけでなく、葵を守る方法を頭の中でシミュレーションしながらカーテンの影に隠れた人物に声をかけた。
「あ、部屋、間違え、た」
しかし返ってきたのは聞き覚えのある抑揚のない声音。会話することが大の苦手で途切れがちな言葉でしかコミュニケーションが取れない人物に一人心当たりがある。
「猫ちゃん?何してんの?」
カーテンの隙間から顔を出しのたのは予想通り葵の飼い猫、都古だった。侵入してきたというのに悪びれもせず、無愛想な表情のまま、櫻を睨みつけてくる。
「アオの部屋、どこ?」
出窓から顔だけでなく体まで滑り込ませてくる彼の足はほとんど日に焼けておらず青白いが、その肌は土埃で薄汚れている。
「ちょっと待って、その足で入ってくる気?絶対にやめて」
都古がその足で遠慮せずに床に着地しようとするから、櫻はたまらず声を上げた。重度の潔癖症の気がある櫻は、そもそも他人が自分のテリトリーに入ってくるのさえ許せないのに泥が付いているとなれば論外だ。
葵の命令しか聞かない都古もさすがに櫻の尋常じゃない怒気に、出窓に腰掛けた状態でぴたりと止まってみせた。
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