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act.2追憶プレリュード<86>

* * * * * * 「みゃーちゃん!なんで?」 都古がバスルームへと忍び込めば、湯船に肩までしっかりと浸かっていた葵が心底驚いたように目を丸めた。そして浴槽の縁にかけていた腕を慌ててお湯の中に沈めてしまう。 その瞬間、入浴剤入りの湯が傷口に染みたのか、葵の眉がきゅっとひそめられる。 「アオ、だめ」 都古はすぐさまバスタブの傍しゃがみ込み、身に纏った浴衣の袂が濡れるのも気にせず自身の腕を湯に突っ込むと、隠れた葵の腕を捕らえて外へと引き出した。 都古の愛する滑らかな肌には不似合いな赤く爛れた傷がぽつぽつと浮かんでいる。 「……ごめんなさい」 「京介から、聞いた。大丈夫」 悪事がバレたようにオドオドとした顔つきになった葵へ、都古は安心させるようそう言った。 一人別館の前で一夜を過ごした都古は、今朝入り口で京介と鉢合わせた。京介が別館の中で誰と一緒にいたかなんてわざわざ聞かなくてもすぐに分かる。 だから瞬時に殺気を携えれば、京介は少しだけ気まずそうに、けれど都古に対して随分と誠実に事の経緯と、そして葵の状態を教えてくれたのだ。 そのおかげで都古は昨晩葵がどういう状態に侵されていたか、そして体にどんな傷が生まれているか知ることが出来た。 でもその後生徒会とともに朝食を食べるために姿を現した葵は平静を装っていたから、都古はあえて傷のことに触れてこなかった。ただ寄り添うように傍に居ることを心掛けてやるだけ。 「アオ、好き」 葵がこの秘密がバレた時感じることが何かも、都古は知っている。だから淡い蜂蜜色をした目を覗き込みながら、そう囁いた。 いつもはどんな都古でも可愛がってくれる優しさを携えた葵の瞳は、今は思考停止のモードに入っているのか、ただ不安げに揺れているだけ。 こういう時京介なら強引にこちらの世界に引き戻すが、都古はひたすらいつもの葵に戻ってくれるのを待つことにしている。 その合間に、葵の髪を撫でてやることも忘れない。

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