166 / 1393

act.2追憶プレリュード<88>

「ん、も、みゃーちゃん、くすぐったい」 「……まだ、だめ」 頬やおでこ、首筋、耳、キスが出来るあらゆる場所に唇を落とされてそろそろ限界が来たらしい葵は、ふんわりした笑顔でそっと都古から遠ざかろうとしてみせる。 葵の表情を和らげるという目的は達成出来たからここで引いてあげても良いのだが、生憎都古はもっと葵に甘えたくなってしまった。葵から甘えてくれないのなら、自分が甘えに行こうという超絶理論である。 「まだココ、してない」 都古が指し示したのは桃色の唇。小さい割にふっくらしているそこには、ほんのりと血が固まった跡が残っていた。昨晩葵が腕だけでなく唇も噛み締めていたと聞いているから、そこを癒やしてあげたいとずっと機会を狙っていたのだ。 「して、イイ?」 「……でも」 「イイ、よね?」 お子様な葵でも、唇へのキスは少し特別なものだと認識しているようで、入浴中だから、というわけではない赤味が頬に加わった。 「こっち、向いて」 さすがに都古だってバスタブに身を乗り出すようにして屈む姿勢を続けるのは辛い。葵の両脇に腕を滑り込ませ、都古のほうに向きを変えるよう促せば、やっと真正面から葵と見つめ合うことが出来た。 お互いバスタブの縁を挟んで膝立ちで向き合う体勢。不可思議ではあるが、この空間には自分たち以外誰も居ないのだから気にすることはない。 「大好き、アオ」 本当は”愛してる”と囁きたいところだが、お子様な葵には”大好き”のほうが好意は伝わりやすい。その証拠に、都古が頬へのキスの位置を少しずつ唇に寄せていっても今度は逃げずに受け入れようとしてくれた。 辿り着いた唇。いきなり貪ったりはせず、まずは癒やすようにぺろりと表面を舐めあげる。 「ん……んッ」 そのわずかな刺激すら敏感な葵にはたまらないのか、傷ついた両手は都古の浴衣の襟元を握ってくるし、耐えるように瞑られた目元も染まりはじめていた。 あくまで表面だけを舐めていると、吐息とともにうっすらと唇が開いてきた。葵本人はそんなつもりはないのだろうが、誘い込むように見えて都古の体をも熱くさせる。 誘われるがままに赤い舌を潜り込ませれば、葵の体は跳ねてしまうが、濡れた背中を撫で続けると落ち着きを取り戻してくれた。 葵の狭い口内の中には血の味が残っている。きっとまた、したのだろう。 本当は都古だってその行為を咎めたいが、怒られることを何より恐れている葵には逆効果だ。

ともだちにシェアしよう!