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act.2追憶プレリュード<104>

「おい、羽田綾瀬」 近くのベンチでいちゃつく二人組の一人に声を掛ければ、冷めた視線が返ってくる。けれど決して忍に反抗しているわけではない。元からそういう目つきなのだ。 「困っている友人を助けてやろうと思わないのか?」 “友人”と言って見せつけるように葵を抱き寄せてみせれば、途端に綾瀬の顔が苦しげに歪んだ。今年度の生徒会のメンバーを決める際から何度も繰り返されるやりとり。返ってくる答えも分かりきっている。 「生徒会に時間を費やすつもりはないので」 綾瀬だって親友と呼べる存在の葵を支えてやりたいが、今隣に居る七瀬との時間を優先したい。 成績の優秀さも、冷静沈着な性格も、役員としての要素は兼ね備えているが、一つ難点をあげるとすれば、兄弟であり恋人でもある七瀬と片時も離れたがらないというところだろう。 「あ、じゃあ七も生徒会入ったら良いんじゃない?そしたら葵ちゃんも綾も七もみんなハッピーじゃん」 自分で拒絶したくせに寂しそうな綾瀬、そして断られて少なからず傷ついている葵を救うべく、様子を伺っていた七瀬が口を開いた。 巻き毛の柔らかい髪を自分でいじりながら笑う七瀬が出したアイディアは、確かに全ての問題が解決するベストなものに思えた。 だが忍は七瀬を白けた目で見ながらその案をあっさりと切り捨てる。 「学業ができるようになってから言え」 七瀬は忍の指摘通り、勉強は大の苦手。都古ほど壊滅的な状態ではないが、実は先日行われた学力テストでは何教科か、補習に引っかかっているのだ。 「葵、俺が責任を持って卒業までにちゃんとふさわしい候補を見つけてやる」 更に寂しそうな顔になってしまった葵を抱き寄せて、忍はそう宣言してみせた。腰に当てた手を動かし、額にキスを送りながら、なんてセクハラ行為を働いてはいるが、忍の表情は至って真面目だ。 「さぁ俺達も出発しようか」 最初の時間帯が割り当てられたペア達が続々と出発する様子を見て、忍は葵に手を差し伸べた。 仕事も、そして他愛のないお喋りの時間も終わり。いつやってくるとも分からない邪魔者に見つかる前に、早く葵を独り占めしたい。 「やっと二人になれるな、葵」 忍が素直に喜びを口にすれば、葵もほんのりと頬を染めて差し出した手に己の手を重ねてくれる。 「そう簡単にクリアするつもりはないからな?」 二人の時間を極力長く過ごしたいがための妖しい宣言。子供っぽい葵は少し不思議そうに首を傾げるだけだったが、忍はそれで満足だ。 ようやく手に入れた愛しい後輩との二人の時間。バラ園に足を踏み入れた忍の表情はいつになく上機嫌だった。

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