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act.2追憶プレリュード<105>
* * * * * *
噎せ返るようなバラの香りに包まれて、忍と葵は迷路になっている生け垣の合間を進んでいた。その生け垣の高さと、前後のペアと一定の間隔を空けてスタートしていることが相まって、まるでこの世界に二人しかいないような静けさが広がっている。
その静寂すら楽しんでいた忍と違って、葵は少し心細さを感じたらしい。自然と繋いだ手に力が込められる。
「どうした?葵」
不安げな葵を見下ろして問えば、指先で繋がっている忍の腕にギュッと小柄な体ごとしがみついてきた。
「あの……出られなくなったり、しない、ですよね?」
この行事の主催者側だというのに怖がってみせるのはお子様の証。立ちはだかるバラの壁に恐怖を感じている葵には可哀想だが、その一言は忍にとってはおかしくて仕方がない。
「もし出られなくなったらどうする?」
だから、忍はこんな意地悪な質問で更に葵の不安感を煽ってみせた。可愛がりたい気持ちよりも、苛めたい気持ちのほうがどうしても勝ってしまうのだ。
葵は忍の問いを受けてしばらく思案する素振りを見せたが、予想以上に明るい表情でこんな事を言ってくる。
「困りますけど……でも、会長さんと一緒なら安心です」
自分を心底尊敬してくれている眼差し。嬉しいし光栄ではあるが、それが忍を一人の男として意識してくれた上での感想かは甚だ疑問だ。
「俺も、葵と二人ならここに閉じ込められても構わない」
後続のペアが追いついて来ないことを確認して、忍はよりストレートに葵を口説きにかかる。足を止め、台詞に合う甘いトーンで耳元に囁くのも忘れない。
「葵は?俺と二人きりは嫌か?」
「そんなわけないです、嫌なんて」
「それなら二人でいたい?」
葵が否定しにくい言葉を並べ、物理的な距離だけでなく精神的にも歩幅を縮めていく。すると、葵の頬がようやく赤く染まりだした。
「俺は葵と二人の時間がもっと欲しい。葵も同じ気持ちなら嬉しいが。どうなんだ?」
半ば尋問のようだが、忍はこういうやり方しか知らないのだから致し方ない。いつも沢山の物を映して輝く瞳は、今は忍だけを映している。より深くを覗き込めば、葵からは同意を示す頷きが返ってきた。
「それなら、少し寄り道をしようか」
「……寄り道、ですか?」
「あぁ、おいで葵」
再び葵の手を引いて向かった先は、あからさまな行き止まり。迷路を攻略するにはすぐに引き返すべきだが、忍は突き当たった生け垣の中に躊躇いもなく手を突っ込んで目的のものを漁り始めた。
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