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act.2追憶プレリュード<112>

「さすがに外でお前の乱れる姿を見せびらかすつもりはないからな。西名やカラスがする以上に”イイコト”を今夜教えてやろう」 忍の手を拒むように自分の手を重ねてくる葵にそう囁やけば、途端に何を思い出したのかまたカッと葵の頬が朱に染まった。この様子だと二人が葵の下半身にまで性的な悪戯を施しているのは間違いない事実のようだ。 悔しいが、二人が手を出しているなら忍も遠慮する必要がなくなる。 でもその前に、忍は葵に約束させたいことがあった。 「葵、俺のことは好きなんだよな?」 手始めの問いには素直な頷きが返ってきた。重ねた手の向きを変えて指先を絡めれば、葵からもキュッと忍の指を握り返してくる。 「親しくなってもう三ヶ月以上経つ。そろそろ、いいだろう?」 「……いい、って?何がですか?」 忍の目をまっすぐに見返してくる瞳はガラス玉のように丸い。 「どうして櫻や奈央のことは名前で呼んで、俺のことは呼んでくれない?前も頼んだはずだ」 手を握るよりも、口付けを交わすよりも、素肌に触れるよりも、何よりも忍が葵と二人になって伝えたかったことがこれだった。 葵は親しくなった者は全て下の名前で呼んでいる。唯一幸樹のことだけは顔を合わす頻度が低すぎるせいか苗字だが、忍に対しては更に距離を感じさせる呼び名なのだ。”会長さん”。名前ですらなく、単なる役職名。 「出会ったばかりのあの生意気な双子ですらお前は親しげに呼んでいるのに、なぜ俺はダメなんだ?」 聖と爽にまで嫉妬しているなんて打ち明けるのは屈辱的だが、鈍い葵に気持ちを伝えるにはここまで言わないと分かってもらえない、そう思った。 「今になって呼び方を変えるのが気恥ずかしいなら、二人の時間だけでもせめて、な?葵」 俯いてしまったせいで葵の表情は見えないが、忍には自分だけが名を呼ばれない理由が他に思い当たらなくて、そんな妥協案を示した。 そうしてもう一つ、自惚れた可能性も口にする。 「ただ、特別に意識をして照れているだけなら構わない。むしろ喜ばしいが……葵?」 葵とのもどかしい距離を埋めたくてつい抱いてしまった夢のような展開を続けようとした忍は、繋いだ指先が震え始めた事に気が付いて口を噤む。

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