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act.2追憶プレリュード<114>
* * * * * *
葵が目を覚ました時感じたのは、ズキズキと頭に響く痛みと全身の倦怠感だった。ベッドから見える窓の外はすっかり日が沈んで星が輝き始めている。どうやら少し長く眠ってしまっていたらしい。
覚醒したばかりの体は気だるく、簡単に起きあがることが出来ない。仕方なく葵は、布団の中に留まったまま体の向きを変えた。
すると、そこでようやく枕の固い感触に気がつく。これには覚えがあった。風邪を引くたびに用意される氷枕だろう。熱まで出てしまっているようだ。
「またちゃんと、出来なかった」
倒れる前の記憶がぼんやりと呼び覚まされてきた葵は、とびきり力を入れてきたバラ園でのイベントを最後まで遂行出来なかったことに悔しさを感じてギュッと唇を噛み締める。
前年度会長で京介の兄でもある冬耶が盛り上げてくれたこのイベントを今年度もしっかりと成功させて報告したかったのだ。
“お兄ちゃんが居なくてもがんばれたよ”
そう伝えて、心配症な冬耶を安心させたかった。そしてあわよくば、留学してしまった冬耶の親友遥にもそれが伝わって、彼にも褒めてもらえたら……。そんなことさえ思っていた。
でもそれももう叶わない。
頑張れなかったことを知って冬耶も遥もがっかりするだろうか。不安がこみ上げてくると自然に涙が溢れてくる。
そして自分がこうして寝込むきっかけになった出来事も段々と思い出してきた。
“なぜ俺はダメなんだ?”
いつも自信たっぷりで堂々としている忍が見せた悩ましげな表情。そんな顔をさせている原因が自分であることが明らかで、思い出すだけで胸が苦しくなる。
だから葵は一度大きく深呼吸をすると、乾いた唇を動かした。
「シ……ノブ」
その名を口にすると途端にぞわりと肌が粟立つ。同時に封印している記憶の扉が軋んだ音を立てて開いていく感覚に陥った。
今夜二人の空間で名を呼んでほしい。
いつも葵を時に厳しく、けれどそれ以上に優しく支えてくれる先輩のただそれだけの願いは、本来ならばとても簡単なものだ。
「シノブ」
もう一度確かめるように名を紡げば、鈍器で頭部を殴られたかと思うほどの痛みが広がった。途端にこみ上げてくるのは猛烈な吐き気。
「……うぅッ」
ここでは駄目だと必死に押さえ込もうとする葵が取る行動は一つだ。
布団の中から腕を引っ張り出して初めて、葵は自分がパジャマに着替えていることを知る。誰かがこのベッドへと寝かせる際に着替えさせてくれたのだろう。いつもそうして知らぬ間に世話になっていることに更に自己嫌悪が募る。
早急に袖をめくれば包帯の巻かれた腕が現れた。でもその包帯はいつもと様子が違う。
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