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act.2追憶プレリュード<117>

「これ、は?」 「ん?藤沢ちゃん、こういうの好きなんちゃうん?京介から聞いたんやけど、ちがった?」 「あ、いえ、好きです!でもどうして?」 受け取った絵本は確かに葵好みの絵本。京介からは子供だと笑われているが、高校生になってもまだ葵は小さな子供向けに作られたほのぼのとした内容の絵本が大好きだった。 でも歓迎会の施設になぜこんな本があるのかが疑問だ。 「寝てるのってつまらんかなぁって思って。これあったら暇つぶしになるやろ?」 葵の質問を本の場所、ではなく、本を持ってきた意図として捉えた幸樹はそういってまた大きな口を開けてニカッと笑ってくる。 幸樹のこうした笑顔は葵にとっては明るい太陽みたいな眩しさ。神出鬼没な彼を目撃できれば幸せになれる、なんて噂も重なって、葵はもっともっと沢山見ることが出来たらいいのにといつも思っていた。 わしゃわしゃと葵の髪を撫でてくれる大きな手も安心感があって好きだった。 「葵くん、何か食べたいものある?」 幸樹に撫でられて目を薄めていると、奈央からそう問われる。正直なところ食欲はないが薬を飲むためにも最低限の食事が必要なことは理解できた。 素直に思いつくものは具合の悪い時にいつも食べているもの。 「京ちゃんのおかゆ……?」 「なに?京介の粥って。あの京介が作るん?」 「はい!たまごが入っててちょっと甘いんです」 京介は葵が風邪を引いた時にだけキッチンに立ってくれる。口では面倒くさそうにしながらも、出来上がるおかゆの味は優しくて、それだけは食べられるのだ。 「それは……ごめん。用意出来ないな。どうしよう」 「あ、すみません、違います何でもいいです」 奈央に申し訳なさそうに謝られて初めて自分が失言をしたことに気が付いた。 奈央は葵のために食事を準備してくれようとしていたのに、京介の作ってくれるものが食べたいなんてあまりにも的外れ。ぼんやりした思考は熱のせいに違いなかった。 「ほな、藤沢ちゃん、何好きなん?」 「えっと……りんご、とか?」 「りんご?可愛えな、りんごみたいな真っ赤なほっぺして」 助け舟を出してくれた幸樹に応じれば、つんつんと頬を突かれてしまう。赤いと指摘されると、やはり今自分が目に見えて分かるほど発熱しているのだと自覚できた。 「わかった。じゃありんご持ってくるね。幸ちゃん、ここに居てくれる?」 「おぉ、もちろん」 準備しやすいものが出てきて安堵した様子の奈央は一度気遣うように葵の髪を撫でると、幸樹に向かって葵の付き添いを頼んだ。ただでさえ一人が苦手なのに、風邪を引くと更に心細さが増してしまう。そんな葵の気持ちを見透かしているようだった。 幸樹が力強く頷いたのを見届けて、奈央は部屋を出ていった。幸樹が居るから大丈夫。そう思っても、やはり誰かが自分から離れて行く背中を見届けるのは寂しさがこみ上げてくる。

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