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act.2追憶プレリュード<119>
「だから靴は必要ない。な?」
戸惑う様子に焦れた幸樹は簡単に葵を抱き上げた。いわゆる”お姫様だっこ”の姿勢。今はどこまでを葵を姫扱いして楽しむつもりらしい。
「ええ子やな」
下ろしてほしいと抵抗しようとしたが、幸樹の逞しい腕に抱かれるのはあまりに心地よくてつい身を任せてしまう。褒めるように幸樹が額に口付けてくるから尚更だ。
「ちゃんとギュッてしててな」
幸樹の進言通り、葵が彼の首に腕を回せばそれがデートの始まりの合図となった。
あくまで”秘密”のデート。
一階の談話室にいる忍と櫻、そして京介や都古に見つからないよう廊下を通り抜ける時が一番ドキドキしたが、幸樹は大きな体に似合わずそっと葵を外へと運び出してくれた。
「さ、お姫様はどこがご所望ですか?」
「どこでも!」
「では私のおすすめでも?」
「ふふ、何ですかその喋り方」
別館を出て裏庭を進み始めると全くの別人のように口調が変わった幸樹に葵は思わず声を出して笑ってしまう。
「お姫様に合う王子様をやってんねん。笑わんといて」
どうやら幸樹はいたって真面目だったらしい。でも照れくさそうに笑う姿が珍しくて葵は余計におかしくなる。
「あ、こら。笑いすぎやで、もう」
こうやって叱られてしまうから、見つからないようブランケットに潜ることにした。
でもただ幸樹から顔を隠すためだけだったのに、歩くたびに緩く揺さぶられる体の感覚と、幸樹から伝わる体温で段々と瞼が重たくなってきてしまうのはバレバレらしい。
「藤沢ちゃん?寝たら食うで。王子様は月の光浴びたらオオカミになるんやから」
「それ……どの絵本のおはなし、ですか?」
「ハハ、まーたそういう可愛えこと言って」
葵の返答はどうやら見当違いだったようで、今度は幸樹に笑われる番。でもその笑い声さえ優しい。
秘密のデートはまだ幕を開けたばかり。どんな楽しい時間が待っているのだろう?
葵はそっと目を瞑りながらこれからの時間に思いを馳せたのだった。
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