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act.2追憶プレリュード<123>
「目を覚ましたから何か食べさせようと思って、一旦席を外したんだ。そしたら、居なくなってて」
「高山さん、葵一人で残したのか?」
経緯を説明し始めた奈央の言葉で京介の眼光が鋭くなる。
奈央は悪夢を見て取り乱した葵の様子を知っているはずだ。目覚めたばかりの葵を一人残して部屋を出るなんて浅はかだと、京介が怒りたくなるのも無理はなかった。
でも奈央は京介の怒りに気が付いてすぐ否定した。
「違う、幸ちゃんが来たから一緒に居るように頼んで行ったんだ」
「幸樹が?……あぁ、ならあいつが連れ出したのか」
奈央の口から親しい友人の名前が出て安堵した京介は奈央を睨みつけることをやめた。
葵が一人で姿を消したのならまたパニックに陥っている可能性がある。それに学園中に葵を性的な欲望の対象として狙う人間が居るのだから、彼らに見つかってしまえば最悪の事態を想定しておかなければならなかった。
でも幸樹が居るのならばその必要はない。幸樹は頭も下半身も軽い人間だが、京介が何よりも葵を大事にしていることは知っている。友人である京介を裏切るような真似をするわけがない。
「上野に電話したのか?」
「したよ、もちろん。でも電源が切られてて全然出ないんだ」
「故意に切ってるか、それとも電波が届かないようなエリアに向かってるのか。どっちだろうね?」
櫻が出した二択はどちらにしても良からぬ想像しか浮かばずに、安心したはずの京介の胸騒ぎを呼ぶ。
今居る歓迎会用の施設は高原地帯にある。一歩敷地を出ればそこには広大な自然が広がっていた。施設自体は携帯の通信範囲内ではあるが、施設を囲む森や山々に足を踏み入れてしまえばあっという間に電波が通じなくなるに違いなかった。
「今夜は荒れるらしいぞ」
今は星が煌めくほど空が澄んでいるが、忍いわくこれから天気が崩れていくらしい。その予言は更に皆の不安を煽った。
窓の外を見やれば確かに空の端に暗い雲がかかっている。じわじわと明るい空を侵食する雲は、その場にいる全員の心にも暗い影を落とし始めていた。
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