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act.2追憶プレリュード<124>
* * * * * *
「どこ行くんですか?」
ブランケットに包まれた葵は、幸樹が施設の裏門をくぐったことに気が付いて、思わずそう声を掛けた。行き先は幸樹にお任せにしていたが、この施設の外に出るとは思いもしなかったのだ。
「んー?着いてのお楽しみ。ええとこやで」
はっきりとは教えてくれないが、幸樹の表情を見る限り何か案があるのだろう。だから葵は大人しく彼の腕に抱かれ、その揺れに身を任せることにした。
そうしてしばらく移動していくと、木々が鬱蒼と生い茂っているエリアへと突入し、二人を照らすのは木の葉から漏れる月明かりだけとなってきた。
「あの……上野先輩?」
「大丈夫、こわくない。お兄さんが居るやん」
「そうですけど」
地面に落ちた木の葉や枝を幸樹のスニーカーが踏み鳴らす音がやけに耳に響くほど静まり返っていることに、少なからず恐怖を覚えた葵がたまらずにまた声を上げれば、いつものトーンと笑顔が返ってくる。
そして段々と差し込む光の量が増えてきた。
「もうすぐやから。ほら」
促されるように葵が幸樹ではなく、進行方向へと視線をやれば、そこには森の中にぽっかりと穴が空いたように夜空が広がっている。そしてその夜空を丸ごと映すキャンバスのような群青色の湖が横たわっていた。
「綺麗やろ?昨日藤沢ちゃんとバイバイした後、この辺ふらふらしとって見つけてん。で、藤沢ちゃん連れて来たいなぁって思って」
湖の畔の大きな木の根元に腰を下ろした幸樹は、背中から葵を抱えるような姿勢に抱き締め直してくれた。だから今度は真正面から湖と夜空の光景を捉えることが出来る。
「……ッ」
ズキンと鳴る胸の鼓動。美しいはずの眼前の景色とよく似たものを、葵は幼い頃見たことがあった。そうしてその後どうなったのか。極力思い出さないように努めていた記憶は、類似するものを目にしたことで鮮やかに呼び起こされそうになっていた。
「一緒に来れて良かったわ」
嬉しそうに葵を抱き締めてくれる幸樹にはこの動揺がバレてはいけない。そう思った葵は幸樹の言葉に大きく頷いてみせた。
「でも具合悪くなったらすぐ言ってな?悪いけど、お兄さん今ちょっと浮かれてるから。藤沢ちゃんに無理さしても気付けないかもしれん。だから、遠慮せんといてな」
くしゃりと葵の髪を撫でてくる大きな手は、その無骨さに似合わず優しくて、どこかぎこちない。掛けてくれる言葉も、葵のことを気遣う気持ちが伝わってくる。
だから今度は誤魔化しではなく、本心から幸樹に了承の頷きを返した。
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