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act.2追憶プレリュード<127>

「二個目は?」 幸樹の声のトーンが変わったことが不安だったが、そこに怒りや悲しみといった負の感情はない。ただ真っ直ぐな視線に答えるべく、葵は次に浮かんだ願いを口にする。 「”学校で一緒にお昼ごはん食べてみたい”です」 「三個目は?」 「”いつも京ちゃんと遊んでるところに混ぜてほしい”です」 素直に浮かんだ願いを口にしていく。一つ言うたびに幸樹が肯定するように髪を撫でてくれるから、間違いではないかと不安にならずにすんだ。 でも願い事が七つ目に差し掛かった時、幸樹の手がぴたりと止まる。そして今までで一番と言っていいほどきつくきつく抱き締められた。 「もう限界、この天然ちゃんめ。俺やってそんなん全部したいわ。ホンマに好きや。好き。京介に協力せなって思ってたのに。藤沢ちゃんのせいや」 首元に掛る幸樹の吐息が心なしか熱い。 「本気になるのってこわいもんなのよ、藤沢ちゃん」 幸樹が何を恐れているのか分からない。でもなんだか幸樹を励まさなくてはいけないタイミングなのかと思い、葵はきつく締められた腕から身を捩って少しだけ幸樹のほうを振り返った。 そして短い金髪を今度は葵が撫でてやる。 「またそういう……もう、たまらんわほんまに」 横向きになった葵はまた幸樹に包まれてしまう。そして顎を指で掬われ、上向かされた。この後何をされるか。近づく距離に、葵は何となく察してしまい急に恥ずかしくなって腕から逃れようとするが叶わない。 「いや?いやならやめる」 唇が触れる寸前でぴたりと止まった幸樹が改まって聞いてくる。寂しげな表情に、”いや”なんて軽はずみに言えない。それに、幸樹のことは大好きだ。”好きの挨拶”を幸樹とするのが嫌なわけではない。ただ、恥ずかしいのだ。 「ヤ、じゃない、です」 「やめんでもええの?」 自分からして欲しいなんてねだるようで更に恥ずかしさが増すが、断ることが出来ずに小さく頷いてみせる。 すると掴まれた顎の角度が更に上げられ、ゆっくりと唇を奪われた。ふわっと伝わる煙草の香り。それを感じるとすぐに口付けが解かれる。 いつも京介や都古にされるキスは思考がぐちゃぐちゃになるほど腔内をかき回されることが多い。それを覚悟をしていた葵は、予想外の幸樹の動きに驚いてしまう。 そしてあっという間に離れたことへ寂しさを感じた自分に対し、恥ずかしさがこみ上げてくる。 「ほっぺ赤いのは熱のせい?それとも、少しは期待してもええ?」 ニコリと微笑んで覗き込んでくる幸樹がどんな答えを求めているのか。はっきりとは分からないが、否定はしていけない、そう思った葵はまた頷きだけを返した。

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